「歯の健康は、毎日の食事から作られるんですよ」。
これは、私が歯科医師として20年以上、たくさんの患者さんにお伝えしてきた言葉です。
こんにちは、元歯科医師でライターの田島美和と申します。
「歯医者さんで『よく噛んで食べましょう』と言われるけど、具体的に何を食べたらいいの?」
「最近、歯ぐきが弱ってきた気がするけれど、食事で何かできることはあるかしら?」
そんな風に感じている方も、きっと多いのではないでしょうか。
私自身も50代を迎え、自分の体の変化と向き合う中で、若い頃とは違う「食」の大切さを日々実感しています。
この記事では、難しい専門用語は使わずに、長年の臨床経験と一人の生活者としての目線から、皆さんの大切な歯を守るための食事のヒントを、心を込めてお話しします。
読み終わる頃には、きっとご自身の食卓を見直したくなるはずですよ。
歯と栄養の深い関係
私たちの体と同じように、歯や歯ぐきも、私たちが口にするものから栄養をもらってできています。
毎日の食事が、未来の歯の健康を左右すると言っても過言ではありません。
まずは、歯にとって大切な栄養素について、少しだけ知っておきましょう。
歯をつくる栄養素とは?
歯そのものを丈夫にするために欠かせない栄養素があります。
まるで建物の基礎工事のように、丈夫な歯の土台を作ってくれる大切な存在です。
- カルシウム:歯や骨の主成分です。牛乳やチーズ、小魚、豆腐などに多く含まれています。
- タンパク質:歯の内部にある「象牙質」という部分の主成分になります。お肉やお魚、卵、大豆製品からしっかり摂りましょう。
- ビタミンA:歯の表面を覆うエナメル質を強くしてくれます。にんじんやかぼちゃなどの緑黄色野菜に豊富です。
骨や歯ぐきを支えるビタミン・ミネラル
丈夫な歯も、それを支える土台がしっかりしていなければ意味がありません。
歯を支える骨や歯ぐきを健康に保つことも、同じくらい大切なんですよ。
- ビタミンD:カルシウムの吸収を助ける、縁の下の力持ちです。きのこ類や魚に含まれるほか、日光を浴びることでも体内で作られます。
- ビタミンC:歯ぐきのコラーゲンを作るのを助け、健康なピンク色の歯ぐきを保ちます。ピーマンやブロッコリー、果物などに多く含まれています。
これらの栄養素をバランスよく摂ることが、虫歯や歯周病に負けない強い口内環境を作ることにつながるのです。
唾液分泌を促す食材とその効果
「唾液」は、天然のうがい薬のようなもの。
口の中の汚れを洗い流したり、酸性に傾いた口内を中和したり、細菌の増殖を抑えたりと、たくさんの素晴らしい働きをしてくれています。
唾液をたくさん出すためには、酸味のある梅干しやレモンを思い浮かべる方も多いかもしれませんね。
それ以外にも、食物繊維が豊富なセロリやごぼうなど、「よく噛む」必要がある食材も唾液の分泌を促してくれます。
食事の際に少し意識して、噛み応えのある食材を取り入れてみるのもおすすめです。
健康な歯を保つための食事習慣
どんなに栄養のあるものを食べていても、食べ方が間違っていると、かえって歯に負担をかけてしまうことがあります。
ここでは、歯を守るための食事の「習慣」についてお話ししますね。
「よく噛む」ことの大切さ
私がクリニックで患者さんによくお話ししていたのが、この「よく噛む」ことの重要性です。
一口につき30回噛むことを目標にしてみましょう、とお伝えしていました。
よく噛むと、先ほどお話しした唾液がたくさん出るだけでなく、顎の骨や筋肉が鍛えられます。
さらに、脳が刺激されて満腹感を得やすくなり、食べ過ぎを防ぐ効果も期待できるんですよ。
忙しい毎日の中では難しいかもしれませんが、まずは「いつもより5回多く噛んでみよう」という意識から始めてみてください。
食事リズムと間食の工夫
お口の中は、食事をすると酸性に傾き、歯が溶けやすい状態になります。
唾液の力で時間をかけて中性に戻るのですが、ダラダラと間食を続けていると、お口の中が酸性のままになってしまい、虫歯のリスクがぐっと高まります。
おやつを食べるなら、時間を決めて楽しむのがおすすめです。
食後にデザートとして食べるのも良い方法ですね。
飲み物選びで歯を守る
意外と見落としがちなのが、毎日の飲み物です。
砂糖がたくさん入ったジュースやスポーツドリンクは、虫歯の大きな原因になります。
また、炭酸飲料やお酢ドリンクなど、酸性の強い飲み物も、歯の表面を溶かす「酸蝕症(さんしょくしょう)」のリスクを高めるので注意が必要です。
普段の水分補給は、お水やお茶が一番。
甘い飲み物を楽しんだ後は、お水で口をゆすぐ習慣をつけると良いでしょう。
年齢に応じた食事と歯のケア
私たちの体と同じように、お口の中も年齢とともに変化していきます。
それぞれのライフステージに合わせた食事の工夫が、生涯にわたる歯の健康を守る鍵となります。
成長期の子どもに必要な栄養
丈夫な永久歯の土台は、子どもの頃に作られます。
この時期は、特定の栄養素に偏るのではなく、好き嫌いなくバランスの取れた食事をすることが何よりも大切です。
カルシウムやタンパク質、ビタミン類をしっかり摂って、丈夫な歯の基礎を作ってあげましょう。
また、しっかり噛む習慣を身につけさせることで、顎の健やかな発達を促すことができます。
中高年から意識したい食事の工夫
40代、50代になると、歯周病のリスクが高まってきます。
歯ぐきの健康を保つビタミンCを意識して摂ったり、歯と歯の間にものが挟まりやすくなるため、食後のケアをより丁寧に行うことが大切になります。
私自身もそうですが、少しずつ噛む力が弱くなってきたなと感じることもあります。
食材を少し小さめに切ったり、柔らかく煮込んだりする工夫も必要になってきますね。
シニア世代の噛む力と栄養のとり方
高齢になると、噛む力や飲み込む力が低下し、食事が十分に摂れなくなる「オーラルフレイル」という状態に陥ることがあります。
これが低栄養につながり、全身の衰えを招くこともあるため、注意が必要です。
「硬いものが食べられないから」と、柔らかいものばかりを選んでいると、ますますお口の機能は衰えてしまいます。
豆腐や卵、ひき肉などを使った料理や、野菜を細かく刻んだスープなど、栄養価が高く、無理なく食べられる工夫が大切です。
歯科治療と食事サポートの現場から
私は在宅歯科医療にも携わってきましたが、そこでは「食べること」が、患者さんの生きる喜びに直結している場面を何度も目にしてきました。
ここでは、治療と食事に関する具体的なお話を少しだけご紹介します。
治療後に気をつけたい食べ物
歯の治療で麻酔をした後は、感覚が鈍っているので、熱いもので火傷をしたり、頬の内側を噛んでしまったりすることがあります。
麻酔が切れるまでは、食事は控えるようにしてくださいね。
また、詰め物をした直後は、硬いものや粘着性の高いガムなどは避けた方が安心です。
入れ歯やインプラントと食事の工夫
「入れ歯だと、硬いものが食べられなくて」というお悩みもよく伺いました。
しかし、自分に合った入れ歯をきちんと調整すれば、多くの食事を楽しむことができます。
大切なのは、諦めずに歯科医師に相談すること。
そして、リンゴを丸かじりするのではなく、小さく切ってから食べるなど、少しの工夫で食事の幅はぐっと広がります。
在宅歯科医療での栄養サポート事例
ご自宅で療養されている方の訪問診療では、ご家族やケアマネージャーさんと連携し、食事形態について相談することも少なくありませんでした。
刻み食やミキサー食でも、見た目を工夫したり、味付けをしっかりさせたりすることで、食欲が湧いてくる方もいらっしゃいます。
「口から食べる」という喜びを最後まで支えることも、私たち歯科医療従事者の大切な役割だと感じています。
今日から実践できる「歯にやさしい食卓」
さて、ここまで色々とお話ししてきましたが、難しく考える必要はありません。
毎日の食卓で、ほんの少し意識を変えるだけで、歯の健康は守れるんですよ。
簡単レシピと調理の工夫
- 根菜たっぷりのお味噌汁:ごぼうや人参、大根などを少し大きめに切ることで、自然と噛む回数が増えます。
- きのこの炊き込みご飯:食物繊維が豊富で、カルシウムの吸収を助けるビタミンDも摂れます。
- 小魚や桜えびをふりかけに:ご飯や和え物に加えるだけで、手軽にカルシウムをプラスできます。
家族みんなで取り入れる習慣
「よく噛んで食べようね」と食卓で声をかけ合うだけでも、家族みんなの意識が変わります。
食事の時間を少し長めにとって、会話を楽しみながらゆっくり食べることも、早食いを防ぎ、よく噛むことにつながります。
外食やコンビニで選ぶときのポイント
忙しい時は、外食やコンビニに頼ることもありますよね。
そんな時は、以下のような視点で選んでみてください。
選び方のポイント | 具体的なメニュー例 |
---|---|
噛み応えのある食材が入っているか | ごぼうサラダ、野菜スティック、海藻の入ったお惣菜 |
カルシウムが摂れるか | チーズ、ヨーグルト、豆腐ハンバーグ |
砂糖の少ないものを選ぶ | 無糖の飲み物、甘さ控えめのデザート |
まとめ
私たちの歯と体は、毎日の食事によって作られています。
特別なことをする必要はありません。
まずは、ご自身の食生活を少しだけ振り返ってみることから始めてみませんか?
- 歯や歯ぐきを作る栄養素をバランスよく摂る
- 「よく噛む」ことを意識する
- 食事のリズムを整え、間食や飲み物にも気を配る
- 年齢に合わせた食事の工夫を取り入れる
私自身、歯科医師という仕事を離れ、一人の生活者として、そして祖母として孫の成長を見守る中で、家族みんなで囲む食卓の温かさと、その大切さを改めて感じています。
歯の健康は「歳を重ねてからが本番」です。
この記事が、皆さんの大切な歯を守り、生涯にわたって「食べる喜び」を味わい続けるための一助となれば、これほど嬉しいことはありません。
まずは今日の夕食から、いつもより一口多く噛むことを意識してみてくださいね。