はじめまして、元歯科医の田島美和です。

都内で20年以上、たくさんの患者さんのお口の健康に寄り添ってきました。

現在は、自身の経験からライターとして活動しています。

親御さんの介護をされているあなたは、毎日本当にお疲れ様です。

食事の準備から身の回りのお世話まで、自分のことは後回しになりがちですよね。

特に、親御さんの「入れ歯のお手入れ」、どうされていますか?

「毎日きちんと洗っているから大丈夫」
「とりあえずキレイになればいいかな」

もし、そう思っていたら、少しだけ立ち止まってみてください。

良かれと思ってやっているそのお手入れが、実は入れ歯の寿命を縮め、お口のトラブルを招いているとしたら…。

この記事では、元歯科医としての知識と経験、そして私自身の家族の介護経験も踏まえながら、ついやりがちな「間違いケア」と、入れ歯を長持ちさせる「正しいお手入れ方法」を、専門用語を一切使わずにお伝えします。

あなたの常識、実は間違いかも?多くの人がやりがちな入れ歯NGケア

私がクリニックで患者さんとお話しする中で、「え、それじゃダメだったの?」と驚かれることが多かったのが、この「やりがちだけど間違っている」お手入れ方法です。

もしかしたら、あなたも一つは当てはまるかもしれません。

なぜダメなのか、理由も合わせて優しく解説しますね。

NGケア1:「熱いお湯でスッキリ」は変形の原因に

除菌のためにと、熱いお湯で洗ったり、浸け置きしたりしていませんか?

実はこれ、入れ歯にとっては一番やってはいけないことの一つなんです。

入れ歯の多くは「レジン」というプラスチックの一種でできています。

このレジンは熱にとても弱く、熱いお湯をかけると歪んだり、変形してしまったりすることがあります。

変形した入れ歯は、歯ぐきに合わなくなり、痛みが出たり、うまく噛めなくなったりする原因になってしまいます。

NGケア2:「歯磨き粉でピカピカ」は傷だらけに

ご自身の歯を磨くついでに、歯磨き粉をつけた歯ブラシでゴシゴシ。

一見キレイになりそうですが、これも大きな間違いです。

市販の歯磨き粉の多くには「研磨剤」という、歯の表面の汚れを削り落とすための粒子が含まれています。

この研磨剤が、入れ歯の柔らかいプラスチックの表面に、目に見えない無数の細かい傷をつけてしまうのです。

そして、その傷の中に細菌が入り込んで繁殖し、かえって汚れや臭いの原因になってしまいます。

NGケア3:「外したまま乾燥」はひび割れのもと

夜、入れ歯を外した後、ティッシュにくるんで洗面所に置いていませんか?

お洋服と同じように、入れ歯も「お休み」させてあげることは大切です。

しかし、入れ歯は乾燥が大の苦手。

空気中にそのまま放置しておくと、水分が失われて縮んでしまったり、最悪の場合はひび割れを起こしてしまったりします。

NGケア4:「着けたまま寝る」がお口のトラブルを招く

「外すのが面倒」「着けていないと落ち着かない」と、親御さんが入れ歯を着けたまま寝てしまうこともあるかもしれません。

しかし、これもお口の健康にとっては非常に危険な習慣です。

一日中入れ歯に押さえつけられている歯ぐきは、血行が悪くなってしまいます。

また、寝ている間はお口の中の唾液が減り、細菌が繁殖しやすくなります。

この細菌が、誤って気管に入ってしまうと「誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)」という、高齢者にとっては命に関わる病気を引き起こすリスクも高まるのです。

元歯科医が教える!入れ歯が長持ちする正しいお手入れ3ステップ

「じゃあ、どうすればいいの?」と不安に思われたかもしれませんね。

大丈夫ですよ、正しいお手入れは決して難しくありません。

今日から誰でもできる3つのステップを、具体的にお伝えします。

ステップ1:食後は必ず「外して」「洗う」

お食事の後は、必ず入れ歯を外して洗いましょう。

食べ物が挟まったままにしておくと、細菌が繁殖する原因になります。

洗う時は、洗面器などに水を張り、その上で作業するのがおすすめです。

もし手が滑って落としてしまっても、水がクッションになって破損を防いでくれますよ。

指や柔らかい布で大まかな汚れを落とした後、流水の下で「入れ歯専用のブラシ」を使って優しく磨いてください。

歯ブラシを使う場合は、毛先が柔らかいものを選びましょう。

ステップ2:就寝前は「専用ブラシ」と「洗浄剤」で徹底ケア

1日の終わり、寝る前のケアが最も重要です。

ブラシで磨くだけでは、目に見えない細菌や、入れ歯の表面についた「バイオフィルム」というネバネバした膜は完全には落とせません。

そこでおすすめなのが、「入れ歯洗浄剤」の活用です。

洗浄剤を使うことで、ブラシの届かない細かい部分の細菌までしっかり除菌し、気になる臭いや着色汚れを防ぐことができます。

洗浄剤を使った後も、必ず流水でしっかり洗い流してからお口に戻すようにしてくださいね。

ステップ3:保管は「専用ケース」で水の中へ

NGケアでもお話しした通り、入れ歯は乾燥が苦手です。

夜、外している間は、必ずお水を入れた「入れ歯専用のケース」に入れて保管しましょう。

入れ歯洗浄剤に浸けたまま保管できるタイプの洗浄剤もありますので、そういったものを活用するのも良い方法です。

旅行などで持ち運ぶ際も、ケースに少し水を入れておくと安心ですよ。

【お悩み別】入れ歯ケアの「これってどうなの?」に答えます

介護の現場では、日々色々な疑問が出てきますよね。

ここでは、患者さんやそのご家族からよくいただいた質問に、Q&A形式でお答えします。

Q1. 部分入れ歯の金具(クラスプ)はどう磨く?

部分入れ歯についている金属のバネ(クラスプ)は、入れ歯を支える大切な部分です。

ここをご自身の歯と同じように歯ブラシで強く磨いてしまうと、金具が歪んでゆるくなったり、逆に残っている歯を傷つけたりする原因になります。

金具の部分は、毛先の細い専用のブラシや、綿棒などを使って、隙間の汚れを優しくかき出すように洗いましょう。

Q2. 汚れや臭いがどうしても取れないときは?

毎日お手入れしていても、長年使っていると茶渋などの着色汚れや、なかなか取れない臭いが気になってくることがあります。

そんな時は、無理にご自身でこすったり、漂白剤を使ったりしないでください。

入れ歯を傷めたり、変質させてしまったりする可能性があります。

かかりつけの歯医者さんに持っていけば、専門の機械や薬剤を使って、見違えるほどキレイにクリーニングしてもらえますよ。

Q3. 入れ歯洗浄剤って、どれを選べばいいの?

ドラッグストアに行くと、たくさんの種類の洗浄剤があって迷ってしまいますよね。

大きく分けると、以下のようなタイプがあります。

  • 酵素入りタイプ:タンパク質汚れ(食べかすなど)を分解するのが得意です。
  • 酸素系(発泡)タイプ:細かい泡の力で、着色汚れや臭いを落とすのに効果的です。
  • 殺菌成分配合タイプ:お口の中の細菌(カンジダ菌など)の除菌を重視したい方におすすめです。

親御さんのお口の状態や、汚れの種類に合わせて選んでみてください。

迷った時は、かかりつけの歯医者さんに相談するのが一番確実です。

Q4. 介護で時間がない…最低限これだけはやるべきケアは?

毎日忙しく、完璧にお手入れする時間がない時もありますよね。

そのお気持ち、痛いほどよく分かります。

もし、どうしても時間がなければ、「寝る前に外して、洗浄剤に浸けておく」ことだけは必ず実践してください。

睡眠中の細菌の繁殖を防ぐことが、誤嚥性肺炎などの深刻なトラブルから親御さんを守るために、最も大切なことだからです。

入れ歯だけじゃない!お口全体の健康を守るために大切なこと

ここまで入れ歯のお手入れについてお話ししてきましたが、もう一つだけ、とても大切なことがあります。

それは、入れ歯を支えている「お口そのもの」のケアです。

残っている歯と歯ぐきのケアも忘れずに

特に入れ歯を支えている歯や、入れ歯が乗っている歯ぐきは、常に負担がかかっています。

この土台が弱ってしまうと、どんなに良い入れ歯でもうまく機能しません。

入れ歯を外した後は、残っているご自身の歯を丁寧に磨き、指の腹で歯ぐきを優しくマッサージして血行を良くしてあげましょう。

お口の中を清潔に保つことが、結果的に入れ歯を長持ちさせることにも繋がるのです。

定期的な歯科受診が入れ歯の寿命を延ばす

年齢とともにお口の中の状態は少しずつ変化していきます。

「少し合わないけど、まだ使えるから」と、調整しないまま入れ歯を使い続けていると、歯ぐきに傷ができたり、うまく噛めずに食事が楽しめなくなったりしてしまいます。

何も問題がないように感じていても、定期的に歯医者さんで検診を受けることが、入れ歯の寿命を延ばし、お口全体の健康を守るためには不可欠です。

訪問診療を行っている歯科医院も増えていますので、通院が難しい場合でも諦めずに相談してみてくださいね。

まとめ:正しいお手入れで、親の「食べる喜び」をいつまでも

最後に、この記事でお伝えした大切なポイントを振り返ってみましょう。

  • 入れ歯に熱いお湯や歯磨き粉は絶対に使わない。
  • 外した入れ歯は、乾燥させずに必ず水の中で保管する。
  • 寝る時は必ず入れ歯を外し、歯ぐきを休ませてあげる。
  • 毎日の洗浄と、週に数回の「入れ歯洗浄剤」の活用が基本。
  • 困った時は無理せず、かかりつけの歯医者さんに相談する。

入れ歯の正しいお手入れは、単なるお掃除ではありません。

それは、あなたの大切なお父様、お母様が、これからもずっと「自分の口から美味しく食事を摂る」という、人生の大きな喜びを続けるための、最高のプレゼントです。

そして、それは介護をするあなたの愛情の証でもあると、私は思います。

まずは今夜から、できること一つで構いません。

ぜひ、今回お伝えしたケアを試してみてくださいね。

あなたの優しい気持ちが、親御さんの健やかな毎日に繋がることを、心から応援しています。