「歯を抜いたけど、次はどうすればいいの?」「先生にいくつか選択肢を言われたけど、違いがよくわからない……」
そんなご相談を、私はこれまで本当にたくさん受けてきました。
はじめまして。歯科医師として20年以上、予防歯科の現場で患者さんの口腔ケアに向き合ってきた田島美和です。今は診療から退き、フリーランスライターとして「専門用語を使わない歯の話」を発信しています。52歳の私自身も更年期を経て、「歯の健康は歳を重ねてからが本番」という言葉を身をもって実感しているところです。
50代というのは、歯が本格的に揺らぎはじめる年齢です。虫歯の悪化、歯周病の進行、歯の根が折れるなど、さまざまな理由で歯を失い始めるのがちょうどこの時期。そして失った歯をどう補うかによって、その後の口の中の未来が大きく変わります。
この記事では、「インプラント」「入れ歯」「ブリッジ」の3つの選択肢を、費用・寿命・向き不向きの観点からわかりやすく整理します。「自分にはどれが合うの?」という疑問に、元歯科医師の視点でお答えします。
目次
歯を失ったとき、3つの選択肢がある
歯を失ったとき、基本的に選べる治療法は次の3つです。それぞれの仕組みを、まず簡単に押さえておきましょう。
インプラント(人工歯根)
顎の骨にチタン製の人工歯根を埋め込み、その上に人工の歯(クラウン)を装着する治療法です。骨と人工歯根がしっかり結合することで、まるで自分の歯のように機能します。外科手術が必要なため治療期間はかかりますが、周囲の歯を削ったり傷つけたりする必要がないのが大きな特徴です。
ブリッジ(固定式義歯)
失った歯の両隣の歯を削り、橋をかけるように人工の歯をつなげる治療法です。外科手術は不要で、取り外しもできません。固定式なので装着感が自然に近く、保険適用の範囲内で治療できることが多いため、広く選ばれています。
入れ歯(義歯)
取り外し可能な人工の歯です。部分的に歯を失った場合の「部分入れ歯」と、全ての歯を失った場合の「総入れ歯」があります。外科手術が不要で、どんな症例にも対応できる柔軟性があります。費用が比較的抑えられる一方で、使い心地に個人差が出やすい治療法でもあります。
一目でわかる!インプラント・ブリッジ・入れ歯を比較
まずは全体像を表で整理してみましょう。
| 項目 | インプラント | ブリッジ | 入れ歯 |
|---|---|---|---|
| 保険適用 | 原則なし(自費) | あり(素材制限あり) | あり |
| 費用目安 | 30〜50万円/本 | 数千円〜2万円/本(保険) | 数千円〜1万円程度(保険) |
| 外科手術 | 必要 | 不要 | 不要 |
| 治療期間 | 3〜6ヶ月程度 | 2〜3回の通院で完了 | 比較的短期間 |
| 寿命の目安 | 10〜15年以上 | 7〜8年 | 3〜5年 |
| 隣の歯への影響 | なし | あり(削る必要がある) | あり(金属バネをかける) |
| 噛む力の回復 | 天然歯に近い | ほぼ回復 | やや低下(総入れ歯は天然歯の約25%) |
| 取り外し | なし(固定式) | なし(固定式) | あり |
それぞれの特徴を詳しく見ていきましょう
インプラント
インプラントの最大の強みは、「天然歯に最も近い機能と見た目を取り戻せる」点です。硬いものも問題なく噛め、金属のバネや橋のような構造が見えることもありません。また、骨に直接力が伝わるため、歯を失ったあとに起きやすい「顎の骨の吸収(やせ細り)」を防ぐ効果も期待できます。
一方で、デメリットも正直にお伝えしなければなりません。費用は1本あたり30〜50万円が相場(2025年時点)で、原則として健康保険は適用されません。また、外科手術が必要なため、顎の骨に十分な量がない場合は「骨造成」と呼ばれる追加処置が必要になることもあり、費用も期間もさらにかかります。
治療を始める前には、糖尿病・高血圧・骨粗鬆症などの持病がないか必ず確認が必要です。特に骨粗鬆症の治療薬(ビスフォスフォネート製剤やデノスマブ)を服用している方は、顎の骨に深刻な副作用(顎骨壊死)が起きるリスクがあるため、担当医と主治医の両方に相談することが必須です。
インプラントが向いている方の特徴:
- 隣の健康な歯を傷つけたくない
- 長期的に良い状態を保ちたい
- 費用の準備ができている
- 全身的な健康状態に問題がない
ブリッジ
ブリッジは「費用を抑えつつ、固定式の義歯を入れたい」という方に広く選ばれています。外科手術なしに、比較的短期間で機能を回復できるのが魅力です。
ただし、見落とされがちな大切なポイントがあります。ブリッジをつくるためには、失った歯の両隣にある健康な歯を削らなければなりません。削られた歯はエナメル質を失い、虫歯や歯周病のリスクが高まります。もし支台歯(支えとなる歯)がだめになってしまうと、さらに隣の歯を削ってより長いブリッジが必要になる「連鎖」が起きることもあります。
長期データによれば、ブリッジは10年後に約50〜70%が機能を維持しているとされています。インプラントの10年後の生存率(90〜95%程度)と比べると、やや短命であることがわかります。
ブリッジが向いている方の特徴:
- 外科手術が難しい持病がある
- 治療を早く終わらせたい
- 失った歯の両隣がすでに治療歯(被せ物など)である
- 費用を抑えたい
入れ歯
入れ歯は「どんな状態にも対応できる」という柔軟性が最大の強みです。骨の量が少なくても、全身疾患があっても、多くの歯を一度に失っていても対応できます。保険適用で比較的安価に作れることも、大きなメリットです。
一方で、部分入れ歯の場合は金属のバネが見える・噛んでいる最中にガタつく・バネをかけた歯に負担がかかるなど、使い心地の面での不満を感じる方も少なくありません。総入れ歯になると、噛む力は天然歯の約25%程度まで落ちてしまいます。また、顎の形は年々変わっていくため、定期的な調整や作り替えが必要です。
最近は「ノンクラスプデンチャー(金属バネなしの入れ歯)」など審美性を高めた自費の入れ歯もありますが、これは保険適用外になります。
入れ歯が向いている方の特徴:
- 多くの歯を一度に失っている
- 外科手術ができない健康状態にある
- まず費用を最小限に抑えたい
- インプラントに必要な骨量が足りない
50代ならではの「追加の注意事項」
50代は、全身の健康状態と口の治療が深く絡み合う年代です。私が現役の歯科医師だった頃、「なぜ先に教えてくれなかったの?」とおっしゃる患者さんを何人も経験しました。ここは特に丁寧にお伝えしたい部分です。
骨量の変化に注意
女性は閉経後に急激に骨密度が低下します。公益財団法人骨粗鬆症財団の情報によれば、骨量は50歳ごろから減り始めます。顎の骨も例外ではなく、インプラントを埋め込む「土台」が足りなくなっている場合があります。治療を始める前に、必ずCTなどで骨量の確認を行うことが大切です。
持病・服薬との関係
50代になると、高血圧・糖尿病・高脂血症などの持病を抱える方が増えます。特に注意が必要なのは以下のケースです。
- 血糖コントロールが不安定な糖尿病の方は、インプラント手術後の感染リスクが高まります
- 骨粗鬆症治療薬(ビスフォスフォネート製剤など)を服用中の方は、外科処置に際して顎骨壊死のリスクがあります
- 抗凝固薬(血液をサラサラにする薬)を服用中の方は、出血が止まりにくくなる可能性があります
これらは「インプラントができない」ということではなく、「主治医と連携しながら慎重に進める必要がある」ということです。複数の診療科にかかっている方は、必ずすべての担当医に情報を共有してください。
歯周病の有無を先にチェック
インプラント治療を受けるためには、まず口の中が清潔な状態であることが前提です。歯周病が進行している状態でインプラントを入れると、「インプラント周囲炎」という歯周病に似た炎症が起きやすく、インプラントが脱落してしまうリスクが高まります。
厚生労働省の令和4年歯科疾患実態調査によれば、45歳以上では歯周ポケット(4mm以上)の保有者の割合が過半数を超えています。つまり50代の多くの方が、何らかの歯周病の状態にある可能性があります。歯を失った後の治療を考える前に、残っている歯の歯周病の状態を確認することが先決です。
費用と医療費控除について
インプラントは高額ですが、「医療費控除」を利用することで実質的な負担を減らすことができます。1年間の医療費が10万円を超えた場合に、確定申告を通じて所得税が還付され、翌年の住民税が減額される制度です。
たとえば年収400万円の方がインプラント40万円の治療を受けた場合、所得税で約6万円、住民税で約3万円、合計約9万円の負担軽減が期待できます。デンタルローンを利用した場合も対象になりますので、費用面で踏み出せないでいる方はぜひ活用を検討してみてください。申告を忘れてしまった場合も、5年前まで遡って申請できます。
ブリッジや入れ歯についても、保険適用の治療費は比較的安価ですが、自費での材料(セラミック、ジルコニア、ノンクラスプデンチャーなど)を選ぶと費用が上がります。見た目や機能にこだわる場合は、保険適用の範囲内で何ができるか、自費でどこまで上乗せできるかを事前に歯科医師に確認しましょう。
結局どれを選べばいい?タイプ別の目安
「これさえ読めばわかる」というチェックリストをまとめました。あくまでも参考として、担当の歯科医師に相談する際の判断材料にしてください。
インプラントを優先的に検討したい方:
- 隣の健康な歯を傷つけたくない
- 長期間、天然歯に近い感覚で使いたい
- 比較的全身が健康で外科手術に耐えられる
- 費用の準備ができている
ブリッジを優先的に検討したい方:
- 治療期間をなるべく短くしたい
- 失った歯の両隣がすでに治療済みの歯(被せ物など)
- 外科手術が難しい持病がある
- 費用を抑えたい
入れ歯を優先的に検討したい方:
- 多数の歯を失っている
- 骨量が足りずインプラントが難しい
- 複数の持病があり外科手術リスクが高い
- とにかく費用を最小限にしたい
「どれかひとつが絶対正解」ということはありません。大切なのは、自分の口の状態・全身の健康状態・生活スタイル・費用の3つのバランスを考えて選ぶことです。
インプラント治療についての詳しい情報は、公益社団法人日本口腔インプラント学会の公式サイトでも確認できます。インプラントを検討している方向けのページが設けられており、信頼できる情報源として参考になります。
まとめ
インプラント・ブリッジ・入れ歯は、それぞれに長所と短所があります。今回の内容を振り返りましょう。
- インプラントは機能性・審美性・長寿命に優れるが、費用と外科手術のハードルがある
- ブリッジは手軽で固定式だが、両隣の歯を削る必要があり長期的なリスクを伴う
- 入れ歯はどんな状態にも対応できる柔軟性があるが、使用感に個人差が出やすい
- 50代は骨量の変化・持病・歯周病の有無が治療の選択に大きく影響する
- 医療費控除を活用することでインプラントの実質的な費用負担を軽減できる
「どうせなら一番いいやつにしたい」という気持ちも、「お金があまりかけられない」という現実も、どちらも正直な本音です。元歯科医師として申し上げるなら、一番大切なのは「歯を失ったまま放置しないこと」。どの治療を選んでも、早めに補うことで残りの歯を守ることにつながります。
「こんなことを聞いていいのかな?」と思うことがあれば、ぜひかかりつけの歯科医師に遠慮なく聞いてみてください。良い質問をする患者さんが、良い治療を受けられると私は信じています。
みなさんの口の健康が、これからの豊かな食と会話を支えてくれることを願っています。

