こんにちは、歯科医師の田島美和です。

「フッ素は体に悪い」「毒性がある」――。最近、インターネットやSNSで、そんな不安になるような情報を見かけることが増えましたね。

特に、小さなお子さんを持つお母さんや、ご自身の健康を大切にされている方から、「フッ素入りの歯磨き粉を使っても大丈夫なの?」「歯科医院でフッ素を塗るのをためらってしまう」というご相談をいただくことが多くなりました。

都内で20年以上、予防歯科を専門に患者さんと向き合ってきた私としては、皆さんの不安はよく分かります。でも、結論から正直にお伝えしますね。

適切に使えば、フッ化物は虫歯予防において、これ以上ないほど有効で安全な、私たちの「最強の味方」です。

この情報が溢れる時代だからこそ、皆さんが抱える誤解や不安を、一つひとつ丁寧に解きほぐしていきたいと思っています。私がクリニックで患者さんにお話ししてきたように、専門用語を使わず、母親のような温かい気持ちで、フッ素の本当の姿をお伝えします。

この記事を読み終える頃には、フッ素に対する不安が解消され、「よし、今日からフッ素と上手に付き合っていこう!」と前向きな気持ちになっていただけたら嬉しいです。

誤解の核心!「フッ素」と「フッ化物」は全くの別物です

皆さんがフッ素に対して不安を感じる一番の理由は、「フッ素」という言葉が持つイメージにあるかもしれません。

ニュースなどで「フッ素」と聞くと、毒性が強い化学物質や、環境問題で話題になる物質を連想される方もいらっしゃいます。これは、ある意味では正しいのですが、私たちが歯磨き粉や歯科医院で使うものとは、化学的に全くの別物なんです。

この違いを理解するために、皆さんのご家庭にもある「食卓塩」を例に、少しだけ化学のお話をさせてくださいね。

食塩に学ぶ、フッ素の安全性

私たちが毎日使っている食卓塩は、化学的には「塩化ナトリウム(NaCl)」という物質です。この食塩は、もともと「塩素(Cl)」と「ナトリウム(Na)」という2つの元素が結びついてできています。

元素単体の性質
塩素(Cl)単体では、毒性の強い気体です。(プールのようなツンとした臭い)
ナトリウム(Na)単体では、水に触れると爆発するほど危険な金属です。

でも、この2つが結びついた「塩化ナトリウム(食塩)」は、私たちが毎日安全に口にしている、なくてはならない調味料ですよね。

フッ素もこれと全く同じです。

物質性質
フッ素(F)元素の単体では、反応性が高く危険な気体です。
フッ化物(F⁻)フッ素がナトリウムなどのミネラルと結びついた、安全で安定した化合物です。

つまり、私たちが虫歯予防のために利用するのは、危険な「フッ素」そのものではなく、食塩と同じように安定した「フッ化物」なのです [1]。

歯科医療従事者も、つい略して「フッ素」と言ってしまうことが、皆さんの誤解を招く原因になってしまっているかもしれません。本当にごめんなさいね。私たちが自信を持っておすすめするのは、安全性が長年の研究で確立された「フッ化物」です。

フッ化物の「すごい力」と虫歯予防のメカニズム

では、この安全な「フッ化物」が、私たちの歯にどんな良いことをしてくれるのでしょうか。フッ化物には、主に3つの素晴らしい働きがあります [2]。

1. 溶けかけた歯を修復する「再石灰化の促進」

虫歯は、お口の中の細菌が作り出す「酸」によって、歯の表面が溶かされることから始まります。この溶けかけた状態を「脱灰(だっかい)」と言います。

フッ化物は、この脱灰が始まった部分に吸着し、唾液中のカルシウムやリン酸を取り込んで、歯を元に戻す「再石灰化」という働きを強力にサポートしてくれます。これは、歯の自然治癒力を高めるようなものです。

2. 歯を酸に溶けにくい強い歯にする「歯質の強化」

フッ化物が歯に取り込まれると、歯の表面の構造が、より安定した「フルオロアパタイト」という物質に変化します。このフルオロアパタイトは、元の歯の成分よりも酸に溶けにくい性質を持っています。

つまり、フッ化物は、歯そのものを強く、虫歯になりにくい体質に変えてくれるのです。特に、生えたばかりの乳歯や永久歯はフッ化物を取り込みやすいため、子どもの虫歯予防に絶大な効果を発揮します。

3. 虫歯菌の活動を抑える「菌の活動抑制」

フッ化物は、虫歯菌が食べ物のカス(糖分)を分解して酸を作り出す働きを邪魔する作用もあります。

虫歯菌の活動を抑えることで、歯が溶かされるスピードを遅くし、虫歯の進行を防いでくれるのです。

気になる「3つの噂」の真実を専門家が解説します

フッ化物に対する不安の多くは、誤った情報や、他の物質との混同から生まれています。特に皆さんが気になる3つの噂について、正直にお答えします。

噂1:環境問題で話題の「PFAS」と同じ物質なの?

【真実】全くの別物です。

環境問題でニュースになるのは、「有機フッ素化合物(PFAS、PFOAなど)」という物質です。これは、フッ素と炭素が非常に強力に結びついた、人工的に作られた物質で、テフロン加工のフライパンや撥水スプレーなどに使われてきました。

このPFASは、自然界でほとんど分解されず、体内に蓄積しやすい性質が問題視されています。

一方、歯科で使うのは「無機フッ素化合物」です。構造も性質も全く異なり、体内に吸収されても速やかに尿として排出される安全な物質です [3]。名前は似ていますが、全くの別人(別物)だと考えてください。

噂2:フッ素は毒だから、大量に飲み込むと危険なのでは?

【真実】過剰摂取は避けるべきですが、通常の使用では心配ありません。

どんな物質でも、大量に摂取すれば毒になります。例えば、食塩だって一度に大量に摂取すれば命に関わりますよね。フッ化物も例外ではありません。

しかし、歯磨き粉に含まれるフッ化物の量は、安全性が確保されたごくわずかな量です。歯磨き中に誤って飲み込んでしまう程度の量であれば、健康に影響を及ぼすことはありません。

ただし、お子さんが歯磨き粉をチューブから直接大量に食べてしまうようなことがないよう、保管場所には十分注意してください。

噂3:フッ素は子どものIQを低下させるという話を聞いたけど…

【真実】適正な使用方法を守れば、心配ありません。

この噂は、海外の疫学調査の一部が誤って解釈されたり、極端な例が取り上げられたりしたことが原因と考えられます。

日本の小児歯科学会をはじめとする専門機関は、「フッ化物の急性あるいは慢性中毒が、歯科でフッ化物を用いた場合に生じる可能性は、適正な使用方法を守れば特に問題ない」としています [4]。

大切なのは、「適量」を守ること。特に歯の形成期にあるお子さんの場合、フッ素を過剰に摂取しすぎると、歯の表面に白い斑点やシミができる「歯のフッ素症」という状態になるリスクがあります。

次の章で、この「適量」について、年齢別に詳しくお話ししますね。

今日からできる!フッ化物との「上手な付き合い方」

フッ化物は、正しく使えば本当に心強い味方です。特に大切なのは、年齢に合わせた「濃度」と「量」を守ること。

2023年1月、日本の4つの歯科専門学会(日本小児歯科学会など)が合同で、フッ化物配合歯磨剤の推奨される利用方法を改訂しました。この新しい基準を、分かりやすい表でご紹介します [5]。

年齢推奨されるフッ素濃度歯磨き粉の量歯磨き後のすすぎ方
歯が生えてから2歳1,000ppm程度米粒程度(1〜2mm)歯磨き後にティッシュなどで軽く拭き取る
3〜5歳1,000ppm程度グリーンピース大(5mm)少量の水(10〜15ml)で1回だけ軽くすすぐ
6歳〜成人・高齢者1,500ppm程度歯ブラシ全体(1.5〜2cm)少量の水(10〜15ml)で1回だけ軽くすすぐ

大切な3つのポイント

  1. 「高濃度」を恐れないで:以前は子どものフッ素濃度は500ppmが主流でしたが、今は1,000ppmが推奨されています。これは、高濃度の方が虫歯予防効果が高いことが科学的に証明されたからです。
  2. 「少量」のすすぎでOK:フッ化物は、お口の中に残っている時間が長いほど効果を発揮します。歯磨き後のうがいは、コップの少量の水で「クチュクチュペッ」と1回だけ。これで十分です。
  3. 歯科医院でのフッ素塗布も活用:歯科医院で塗布するフッ素は、市販の歯磨き粉よりも高濃度(約9,000ppm)です。専門家が塗布することで、より確実に歯を強化できます。特に虫歯になりやすいお子さんや、歯周病で歯の根元が露出してきた大人の方にもおすすめです。

まとめ:不安を自信に変えて、フッ素と上手に付き合いましょう

私自身、20年以上歯科医師としてフッ化物を使ってきましたが、その効果と安全性には絶対の自信を持っています。

フッ素に対する不安は、「フッ素」と「フッ化物」の違い、そして「適量」を知ることで、必ず解消できます。

歯の健康は「歳を重ねてからが本番」です。不安な気持ちでフッ素を避けてしまうのは、とてももったいないこと。正しい知識を身につけ、フッ化物という心強い味方と上手に付き合っていくことが、いつまでも自分の歯で美味しく食事をするための、一番の近道です。

もし、この記事を読んでもまだ不安が残るようでしたら、どうぞ遠慮なく、かかりつけの歯科医に相談してみてください。私たち歯科医療従事者は、皆さんの不安に真摯に向き合いたいと思っています。