こんにちは、歯科医師の田島美和です。

都内で20年以上、歯医者さんとしてたくさんの患者さんと向き合ってきました。今は少し臨床の現場を離れて、こうして皆さんに歯やお口の健康についてお伝えする活動をしています。

最近、こんなふうに感じていませんか?

  • お茶を飲んでいる時、ふとした瞬間にむせてしまう
  • 食事中に咳き込むことが増えた
  • なんだか飲み込みにくくなった気がする

「年だから仕方ないかな」なんて、つい見過ごしてしまいがちなこのサイン。実は、放っておくと「誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)」という、ちょっと怖い病気につながることがあるんです。

でも、安心してくださいね。この記事では、なぜ「むせやすくなる」のか、そして、どうすれば誤嚥性肺炎を防げるのかを、専門用語を使わずに、ゆっくり丁寧にお話ししていきます。

私がクリニックで患者さんたちにお伝えしてきた、お家で誰でも簡単にできるお口のトレーニングもご紹介します。特別な道具はいりませんから、今日からすぐに始められますよ。

歯の健康は、「歳を重ねてからが本番」です。この記事を読み終える頃には、「なんだ、私にもできそう!」と思っていただけるはず。一緒に、健やかな毎日を守るための第一歩を踏み出しましょう。

「むせ」は誰にでも起こる、でも…

そもそも、「むせる」というのは、私たちの体に備わった大切な防御反応なんです。食べ物や飲み物が間違って気管の方へ入りそうになった時、「危ないよ!」と咳き込んで外に追い出してくれる、いわば体の警報装置のようなもの。若い頃は、この警報装置がとても敏感に働いてくれます。

ところが、年齢を重ねると、この反応が少しずつ鈍くなってくることがあるんですね。気管に何か入りかかっても、うまくむせることができず、静かに肺の方へ流れ込んでしまう…。これが「誤嚥(ごえん)」です。

「最近、むせやすくなった」と感じるのは、この飲み込む力(嚥下機能)が少しずつ変化してきた、という体からのサインかもしれません。そして、この小さなサインの先に、「誤嚥性肺炎」という病気が隠れていることがあるのです。

誤嚥性肺炎ってどんな病気?

少し難しい言葉が出てきましたが、ゆっくり説明しますね。

誤嚥性肺炎とは、食べ物や飲み物、あるいはご自身の唾液が、細菌と一緒になって肺に入り込んでしまい、そこで炎症が起きてしまう病気のことです。

口の中には、良い菌も悪い菌も含めて、たくさんの細菌が住んでいます。体が元気で、しっかり飲み込む力があれば、唾液や食べ物が気管に入ることはありません。でも、飲み込む力が弱って誤嚥が起こると、口の中の細菌が肺まで届いてしまい、悪さをしてしまうのです。

特にご高齢の方の場合、次のような症状が見られたら注意が必要です。

症状の種類具体的な症状
典型的な症状・発熱
・激しいせき
・色の濃い痰(たん)が出る
高齢者に見られがちな症状・なんとなく元気がない
・食欲がない
・ぼーっとしている
・食事のあと、少し熱っぽい

風邪の症状とよく似ているので、「ちょっと体調が悪いのかな?」と思っているうちに、気づかない間に進行してしまうことも少なくありません。日本人の死因の中でも上位を占めるほど、決して侮れない病気なのです。

「むせやすくなった」その背景にある4つの原因

では、どうして年齢と共にむせやすくなってしまうのでしょうか。それには、主に4つの原因が関係していると言われています。一つひとつ、見ていきましょう。

① 飲み込む力(嚥下機能)の低下

私たちが食べ物をごっくんと飲み込む時、喉の奥ではとても複雑な動きが瞬時に行われています。食べ物を食道へ送り込み、気管には蓋をする。この一連の動作が「嚥下(えんげ)」です。

若い頃は何気なくできていたこの動きも、年齢と共に喉周りの筋肉が衰えることで、少しずつスムーズにいかなくなります。食べ物をうまくまとめられなかったり、気管の蓋が閉まるタイミングが遅れたり…。こうした小さな衰えが、むせや誤嚥の原因になるのです。

② せき反射の衰え

先ほどもお話ししたように、「むせる」というのは体を守るための大切な反射です。しかし、この反射も年齢と共に鈍くなってしまうことがあります。

本来ならむせて外に出せるはずのものが、気管に入っても強い咳が出ず、そのまま肺にまで達してしまう。これを「不顕性誤嚥(ふけんせいごえん)」と言って、寝ている間に唾液を誤嚥してしまうなど、ご本人も気づかないうちに起こることがあるので、特に注意が必要なんです。

③ 体力と免疫力の低下

全身の体力が落ちてくると、それはお口周りの筋力にも影響します。食べ物をしっかり噛む力、飲み込む力も弱くなってしまうんですね。

さらに、免疫力が低下していると、もし誤嚥して細菌が肺に入ってしまった時に、体を守る力が弱まっているため、肺炎を発症しやすくなります。風邪をひきやすくなったな、と感じる方は、誤嚥性肺炎のリスクも少し高まっているかもしれません。

④ お口の中の環境

意外に思われるかもしれませんが、お口の中が清潔かどうかも、誤嚥性肺炎に大きく関係しています。

お口のケアが不十分で、歯周病菌などの悪い細菌がたくさんいると、万が一誤嚥してしまった時に、それらの細菌が一気に肺へ流れ込んでしまいます。ご自身の歯が少なくなったり、入れ歯のお手入れが不十分だったりすると、お口の中の細菌は増えやすくなります。だからこそ、毎日の丁寧な口腔ケアが大切になってくるのです。

今日から始める、お口の簡単トレーニング

「原因は分かったけれど、何だか難しそう…」と感じた方もいらっしゃるかもしれませんね。でも、大丈夫。飲み込む力を鍛えるトレーニングは、特別な道具も場所も必要ありません。テレビを見ながら、お風呂に入りながら、毎日の生活の中に気軽に取り入れられるものばかりです。ここでは、私がクリニックでもよくお勧めしている3つの簡単なトレーニングをご紹介します。

1. ごっくん体操(嚥下トレーニング)

飲み込む時に大切な喉の筋肉を直接鍛える体操です。食事の前にやると、喉の準備運動にもなって効果的ですよ。

【やり方】

  1. まず、喉仏(のどぼとけ)に軽く指を当ててみましょう。男性は分かりやすいですが、女性は少し分かりにくいかもしれません。喉の真ん中あたりで、ごくんと唾を飲み込んだ時に上下に動くところです。
  2. 唾を飲み込むと、喉仏がぐっと上に上がるのが分かりますか?
  3. その喉仏が一番上に上がった状態で、5秒間、ぐっと力を入れて止めてみましょう。「1、2、3、4、5」と心の中で数えます。
  4. 5秒経ったら、すっと力を抜きます。

これを5回ほど繰り返します。無理のない範囲で、毎日続けてみてください。喉の筋肉がだんだんと鍛えられて、飲み込む動きがスムーズになりますよ。

2. 舌の体操と「パタカラ体操」

食べ物を口の中でまとめたり、喉の奥へ送り込んだりするのに、舌はとても重要な働きをしています。舌の筋肉も、使わないとだんだん衰えてしまうんです。そこで、舌をしっかり動かす体操を取り入れましょう。

【舌の体操】

  • 舌を「べーっ」と前に突き出して、5秒キープ。
  • 舌を左右の口角に、それぞれ5秒ずつ、ぐっと押し付けます。
  • 舌で鼻の頭をなめるように、上へぐーっと伸ばします。
  • 舌で顎をなめるように、下へぐーっと伸ばします。

【パタカラ体操】

これは、発声しながらお口周りの筋肉を鍛える、とても有名な体操です。一つひとつの音を、はっきりと、大きな声で発音するのがポイントです。

発音意識するポイント効果
「パ」唇をしっかり閉じてから、破裂させるように食べこぼしを防ぐ
「タ」舌先を上の前歯の裏にしっかりつけて食べ物を押しつぶす力を鍛える
「カ」喉の奥を閉めるように意識して誤嚥を防ぐ蓋の動きを鍛える
「ラ」舌を丸めて、舌先で上顎をはじくように食べ物を喉の奥へ運ぶ動きをスムーズにする

「パ・タ・カ・ラ」と続けて5回、少し休憩してもう1セット、というように、1日に数回やってみましょう。お歌を歌うような気持ちで、楽しくやるのが長続きのコツです。

3. 唾液腺マッサージ

唾液は、食べ物をまとめたり、お口の中の細菌を洗い流してくれたりする、大切な役割を持っています。年齢と共に唾液が出にくくなったと感じる方は、マッサージで唾液の分泌を促してあげましょう。リラックス効果もありますよ。

【やり方】

  1. 耳下腺(じかせん)のマッサージ:耳の前、上の奥歯あたりに指をそろえて当て、後ろから前へ向かって、くるくると円を描くように優しくマッサージします。(10回ほど)
  2. 顎下腺(がっかせん)のマッサージ:顎の骨の内側の柔らかい部分に親指を当て、耳の下から顎の先まで、3〜4か所を順番にぐーっと押していきます。(各5回ほど)
  3. 舌下腺(ぜっかせん)のマッサージ:両手の親指をそろえて、顎の真下のとがった部分から、舌をぐっと持ち上げるように、ゆっくり押し上げます。(10回ほど)

これも食事の前に行うと、唾液がしっかり出て、食事がしやすくなるのでお勧めです。

食事の工夫で、さらに安全に

トレーニングと合わせて、毎日の食事の仕方を少し工夫するだけで、誤嚥のリスクはぐっと減らすことができます。ご家族に食事の介助をされている方も、ぜひ参考にしてくださいね。

食べ方のポイント

  • よく噛んで、ゆっくり食べる:急いで食べると、うまく飲み込めずにむせやすくなります。一口入れたらお箸を置く癖をつけるのも良い方法です。
  • 正しい姿勢で食べる:椅子に深く腰掛け、少し前かがみの姿勢を意識しましょう。顎を軽く引くことで、気管に蓋がされやすくなり、食べ物が食道へスムーズに流れます。ベッドで食事を摂る場合は、上半身をできるだけ90度近くまで起こしてあげてください。
  • 食後すぐに横にならない:食べたものが胃から逆流して誤嚥につながることもあります。食後、少なくとも1時間、できれば2時間くらいは座った姿勢で過ごしましょう。

食事内容の工夫

  • 水分には「とろみ」をつける:お茶や水のようなサラサラした液体は、喉を通過するスピードが速く、むせやすいものの代表です。市販のとろみ剤などを上手に利用して、少しとろみをつけてあげると、ゆっくり喉を通り、安全に飲むことができます。
  • 食べやすい形状にする:硬いものやパサパサしたもの、お口の中に貼りつきやすいもの(海苔など)は、少し注意が必要です。細かく刻んだり、あんかけにしたり、少し水分を加えたりする工夫で、格段に食べやすくなります。

「むせやすさ」を見逃さないで

ご自身の変化はもちろんですが、もしご家族に「最近、食事の時にむせることが増えたな」と感じる方がいたら、それは体からの大事なサインかもしれません。

  • 食事中や食後によく咳き込んでいる
  • 夜、寝ている時に咳をすることが増えた
  • なんとなく痰が絡んだような声になっている
  • 食後に熱が出ることがある

こうした変化に気づいたら、「年のせいだから」と片付けずに、かかりつけのお医者さんや、私たちのような歯医者さんに、ぜひ一度相談してみてください。早めに気づいて対策を始めることが、何よりも大切です。

まとめ:年を重ねてからが本番

私自身、更年期を迎える頃に自分の体の変化に戸惑ったり、家族の介護を経験したりする中で、健康でいることのありがたみを痛感しました。若い頃は当たり前だと思っていた「食べること」「話すこと」が、実はたくさんの繊細な筋肉の働きに支えられているんですよね。

「最近、むせやすくなったな」と感じるのは、決してあなただけではありません。それは、体が「少しメンテナンスが必要だよ」と教えてくれている、大切なサインなんです。

今回ご紹介したお口のトレーニングは、どれも本当に簡単なものばかりです。大切なのは、完璧にやることよりも、毎日少しずつでも続けること。「ながら」で結構です。歯磨きのついでに、テレビを見ながら、楽しんで生活の一部にしてみてください。

お口の健康は、全身の健康の入り口です。そして、美味しく食事をいただくことは、人生の大きな喜びの一つ。歳を重ねたからこそ、より一層、その喜びを大切にしていきたいですね。

この記事が、あなたの健やかな毎日を応援する、小さなきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。