親知らずを抜いた日の夕方、冷蔵庫の前で立ち尽くしてしまう方は、思っている以上に多いものです。
お腹は空いている、でも何を口に入れたら痛くなるのか分からない。
ゼリーだけで一日過ごしてしまって、翌朝ふらふらになって連絡をくださった患者さんもいらっしゃいました。
はじめまして、田島美和と申します。
東京医科歯科大学の歯学部を出てから歯科医院に勤め、その後、予防歯科を専門とした自分の医院を15年ほど診てまいりました。
今は臨床を離れて、歯のことを書く仕事をしています。
抜歯後の食事は、我慢比べではありません。
傷にさわらない食べ方を知っていれば、痛みを増やさずに、必要な栄養もちゃんと摂れます。
この記事では、抜いた直後から1〜2週間かけて普段の食事に戻るまでの道すじを、時期ごとに具体的な食べ物の名前まで挙げてお伝えします。
「これは食べていいのかしら」と迷ったときに、そのまま台所で使える内容にしたつもりです。
目次
抜歯後の痛みは、穴にできる血の塊を守れるかで変わります
食べ物の話に入る前に、ひとつだけ知っておいていただきたいことがあります。
抜歯後の痛みは、傷そのものの大きさよりも、傷の中でできあがるものを守れたかどうかで大きく変わります。
抜いたあとの穴には「血餅」というかさぶたができます
歯を抜いたあと、その穴には血がたまります。
数十分から数時間かけて、その血がゼリー状に固まったものが血餅(けっぺい)です。
指先を切ったときにできるかさぶたと同じ役割だと思ってください。
血餅は、むき出しになった骨と神経に蓋をして、細菌や食べかすが直接触れないように守ってくれます。
そして血餅の中に血管が入り込み、少しずつ新しい組織へと置き換わっていきます。
つまり血餅は、痛み止めであると同時に、治癒の土台でもあります。
抜歯後の食事のルールは、突き詰めると「この血餅を落とさない」の一点に集約されます。
やわらかいものを食べるのも、ストローを使わないのも、うがいを控えるのも、理由はすべて同じところにあります。
血餅が外れると、骨がむき出しの「ドライソケット」になります
血餅がはがれてしまうと、あごの骨がそのまま口の中に露出した状態になります。
これがドライソケットです。
抜歯から2〜4日ほど経ってから、いったん落ち着いていた痛みがぶり返し、耳やこめかみのあたりまで響くような鈍い痛みが続くのが特徴です。
日本口腔外科学会も、抜歯部位の痛みや治癒の遅れが起こる原因として、歯を抜いたがあとの治りが悪いというページで「抜歯後の頻回のうがい」を挙げています。
抜歯窩に血液が満たされないと、骨を覆う肉芽の形成が遅れ、局所の炎症が起きるという説明です。
食後にしっかりゆすいで清潔にしたい気持ちは、私も歯科医師としてよく分かります。
ただ最初の1日だけは、その善意が裏目に出ます。
食べ方が効いてくるのは、最初の24時間と3日目まで
血餅は抜歯直後から作られはじめ、おおよそ24時間で落ち着きます。
ですから食事に関して一番神経を使っていただきたいのは、抜いた当日です。
翌日以降もしばらくは触れないほうがいいのですが、緊張の度合いはだいぶ下げてかまいません。
腫れと痛みは、抜いた当日より翌日、翌日より3日目あたりが山になることが多いです。
骨を削った量が多い症例や、歯ぐきを大きく切開した症例ほど、この山は高くなります。
逆に言えば、3日目を越えたあたりから食べられるものは目に見えて増えていきます。
麻酔が切れるまでは、口に入れるものを選んでください
抜歯後の食事でつまずく方が一番多いのが、実は帰り道です。
まだ麻酔が効いているうちに何か食べてしまい、別のけがを作ってしまうケースを、私は何度も診てきました。
感覚が戻る前の食事で、頬や舌を噛んでしまいます
歯科の局所麻酔は、一般的な浸潤麻酔で1〜3時間ほど効いています。
下の親知らずで使われることのある伝達麻酔だと、3〜6時間ほど残ることもあります。
その間、唇や頬、舌の感覚はほとんどありません。
日本歯科医師会のテーマパーク8020でも、麻酔が効いている間は感覚が鈍くなるため、無意識に頬や舌を噛んでしまうおそれがあると注意が呼びかけられています。
噛んだ痛みも感じないので、麻酔が切れてから口内炎のような傷に気づく、という順番になります。
抜歯の傷に加えてもう一つ痛い場所が増えるのは、あまりに気の毒です。
熱い飲み物のやけどにも気づけません
同じ理由で、熱いものの温度も分かりません。
抜歯後で気持ちが張っているところに温かいお茶を飲んで、上あごや舌をやけどしてしまう。
これも珍しい話ではありません。
麻酔が完全に切れて、唇をつまんだときに左右同じように感じられるようになってから食事を始めてください。
目安としては、抜歯から2〜3時間後です。
不安なときは、舌先で頬の内側にそっと触れて、感覚が戻っているか確かめてみてください。
水分は摂ってかまいません。ただしストローは使わない
食事は待っていただきますが、水分は別です。
常温の水や、冷たすぎない経口補水液は、麻酔中でも少しずつ飲んでいただいて大丈夫です。
出血が続いているとつい水分を控えがちですが、脱水は治りを遅らせるだけです。
ここで一つだけ約束していただきたいのが、ストローを使わないこと。
ストローで吸う動作は口の中を陰圧にするので、せっかくできた血餅を引きはがす力になります。
コップから直接、傷のない側からゆっくり流し込むように飲んでください。
ゼリー飲料のパウチを勢いよく吸い上げるのも、同じ理由で避けてください。
抜歯当日に向いている食べ物、避けたい食べ物
麻酔が切れたら、いよいよ最初の食事です。
選ぶ基準はひとつ、「噛まずに飲み込めて、常温に近いもの」です。
当日の主役は、常温でやわらかいもの
私が患者さんによくお伝えしていたのは、スプーンですくって、そのまま飲み込める形のものでした。
- ヨーグルト、プリン、茶碗蒸し
- 冷ましたおかゆ、雑炊
- かぼちゃやじゃがいものポタージュ
- 絹ごし豆腐、温泉卵
- バナナをつぶしたもの、りんごのすりおろし
いずれも人肌くらいまで冷ましてから口に入れてください。
温かい料理は血の巡りを良くするので、その分だけ出血や、ずきずきする感じが出やすくなります。
「おいしいと感じる温度より、少しぬるい」くらいがちょうどいい塩梅です。
反対側で噛むための小さな工夫
抜いた側を使わないというのは、頭で分かっていてもなかなか難しいものです。
無意識に噛んでしまうので、そもそも噛む必要のない形にしておくのが確実です。
食材はあらかじめ一口より小さく切っておき、スプーンで舌の上に置くようにして、反対側の奥歯へ送ります。
フォークで刺して口の奥まで運ぶ食べ方は、傷のすぐ横を通るので向きません。
上の親知らずを抜いた方は、頬の内側に食べ物がたまりやすいので、食べ終わりに舌でそっと押し出してください。
当日に手を出さないほうがいいもの
当日に限っては、次のようなものは翌日以降に回してください。
- 熱いラーメン、鍋物、淹れたてのコーヒー
- 唐辛子やカレー粉を使った辛いもの
- 炭酸飲料、アルコール
- せんべい、ナッツ、フランスパンなどの硬いもの
- ごま、いちごの種、玄米など、粒が小さくて穴に入り込むもの
粒の小さい食べ物は、抜いた穴にすっぽり収まってしまいます。
うがいでは取れず、無理に取ろうとして血餅ごと外れてしまうのが一番困る展開です。
ごまやいちごは1〜2週間ほど、意識して控えていただくと安心です。
2日目から1週間、少しずつ戻していく道すじ
翌日以降は、痛みと相談しながら段階的に戻していきます。
無理に早く戻す必要はありませんし、逆に一週間も流動食を続ける必要もありません。
目安として、次のような進み方を思い浮かべておいてください。
| 時期 | 食べやすいもの | まだ控えたいもの |
|---|---|---|
| 当日(麻酔中) | 常温の水、経口補水液 | 食事全般、熱い飲み物 |
| 当日(麻酔が切れてから) | ヨーグルト、プリン、冷ましたおかゆ、ポタージュ | 熱いもの、辛いもの、お酒 |
| 2〜3日目 | 茶碗蒸し、卵豆腐、やわらかいうどん、白身魚の煮つけ | 硬いもの、炭酸、粒の小さいもの |
| 4〜7日目 | 煮込みハンバーグ、煮魚、やわらかく炊いたごはん | ナッツ、せんべい、硬いパン |
| 1〜2週間 | ほぼ普段どおり(反対側を中心に) | 抜いた側での強い噛みしめ |
2〜3日目は腫れの山。噛まずに飲み込める形を続けます
この時期は口が開きにくくなる方も多く、大きなものを口に運ぶこと自体が難しくなります。
無理をせず、当日と同じような形状のものを続けてください。
ただし内容は少し充実させて、卵や豆腐、白身魚といったたんぱく質を足していきます。
うどんは食べやすい反面、すすり込む動作が口の中を陰圧にします。
短く切って、箸で口へ運んでから飲み込むようにしてください。
そばやパスタも同じで、麺類は「すすらない」が合言葉です。
4日目からは、片側だけ普通食に近づけます
腫れが引きはじめると、食欲も戻ってきます。
このあたりから、やわらかく煮た料理であれば普段のメニューに近づけて大丈夫です。
煮込みハンバーグ、シチュー、豆腐ハンバーグ、あんかけの卵とじあたりは、この時期の患者さんによくおすすめしていました。
ただし、噛むのは必ず反対側です。
抜いた側で噛む練習を始めるのは、痛みがほぼ消えて、傷口の歯ぐきが閉じてからで十分に間に合います。
抜いた穴に入り込みやすいものは、もう少し後回しに
歯ぐきが閉じるまでには、2週間ほどかかります。
その間、抜いた穴は小さなくぼみとして残っています。
- ごま、いちごやキウイの種
- 玄米や雑穀、ひきわりではない粒の納豆
- 挽き肉のそぼろ、ふりかけ
- 繊維の残るきのこ類
こうしたものが入り込んだときは、指や爪楊枝でほじらないでください。
軽く水を含んで、頬をふくらませずに口の中で転がし、静かに吐き出す程度にとどめます。
それでも取れずに気になるようでしたら、次の受診のときに洗ってもらうのが一番安全です。
痛みを増やしやすい食べ物・飲み物には共通点があります
「これは食べていいですか」と一つずつ聞かなくても済むように、痛みを増やしやすいものの共通点をお伝えしておきます。
血の巡りを急に良くするもの、傷を直接刺激するもの、口の中を陰圧にするもの。
だいたいこの三つに分けられます。
熱いもの、辛いもの、味の濃いもの
熱い料理と香辛料は、どちらも血管を広げて血流を増やします。
抜歯直後の傷にとっては、出血がぶり返したり、脈打つような痛みが強く出たりする原因になります。
味の濃い煮物や漬物も、切開した歯ぐきにしみることがあります。
抜歯当日から2日ほどは、味つけをいつもより薄めにしておくと、驚くほど楽に食べられます。
薄味が物足りないときは、だしの香りで補ってみてください。
お酒とたばこは、血の巡りと治りを乱します
お酒は血管を広げて出血を招くうえ、痛み止めや抗菌薬との相性も良くありません。
最低でも抜歯後2〜3日、腫れが引くまでは控えていただきたいところです。
たばこは、それ以上に厳しくお願いしたい項目です。
厚生労働省のe-ヘルスネットに掲載されている喫煙と歯周病の関係では、たばこの有害物質が血管を収縮させて歯ぐきの血流量を減らすこと、喫煙者は非喫煙者に比べて処置後の治りが良くないことが説明されています。
実際、2022年にDentistry Journal誌に掲載された系統的レビュー(1万人以上のデータを分析したもの)では、ドライソケットの発生率は喫煙者で約13.2%、非喫煙者で約3.8%と報告されています。
吸い込む動作そのものが血餅を引きはがす力になることも合わせると、抜歯後の数日はどうにか我慢していただきたいのが本音です。
硬いもの、繊維の強いもの、噛みちぎるもの
せんべいやナッツのように硬いものは、砕けた破片が傷に当たります。
ステーキやフランスパンのように「噛みちぎる」動作が必要なものは、あごに力が入って傷が引っぱられます。
どちらも痛みを増やしやすいので、一週間ほどは献立から外しておくのが無難です。
食べられない日こそ、栄養の摂り方を工夫してください
傷が治るには材料が要ります。
食べられないからと水分とゼリーだけで過ごしてしまうと、かえって治りが遅くなり、痛む期間が延びてしまいます。
たんぱく質を切らさないことが最優先です
傷口をふさぐ新しい組織は、たんぱく質でできています。
食事量が落ちる時期こそ、少ない量でたんぱく質が摂れるものを選んでください。
温泉卵、絹ごし豆腐、ヨーグルト、豆乳、白身魚のほぐし身。
このあたりは噛む力がほとんど要らないうえ、量あたりのたんぱく質がしっかりあります。
おかゆだけで済ませるより、卵を落とした雑炊にするだけでずいぶん違ってきます。
ビタミンCと亜鉛、鉄も一緒に
たんぱく質を組み立ててコラーゲンにする過程では、ビタミンCが欠かせません。
亜鉛は新しい組織が盛り上がってくる段階に関わり、鉄は血を作る材料になります。
いずれも一日で結果が出るものではありませんが、食べられない日が続くほど不足しやすい栄養です。
| 摂りたい栄養 | 傷が痛む時期の摂り方 |
|---|---|
| たんぱく質 | 温泉卵、絹ごし豆腐、ヨーグルト、豆乳、白身魚 |
| ビタミンC | バナナ、じゃがいものポタージュ、野菜ジュース |
| 亜鉛 | 卵、ひきわり納豆、豆腐、レバーペースト |
| 鉄 | しらす、レバーペースト、小松菜のポタージュ |
| 水分と塩分 | 経口補水液、ぬるいみそ汁 |
柑橘系のジュースは、ビタミンCは豊富ですが酸がしみることがあります。
気になる方は、りんごや野菜のジュースに替えてください。
食欲がないときの現実的な組み合わせ
三食きちんと、と考えると気が重くなります。
そういうときは一日の合計で足りていればいい、と考えを切り替えてください。
朝は豆乳とバナナ、昼は卵入りの雑炊、夕方に市販の栄養補助飲料を1本、夜はポタージュと豆腐。
このくらいでも、たんぱく質もエネルギーもそれなりに確保できます。
薬局に置いてある栄養補助飲料は、こういう数日をしのぐには本当に便利ですので、遠慮なく頼ってください。
お薬と食事の関係で、知っておいてほしいこと
抜歯後は、痛み止めと抗菌薬を処方されることがほとんどです。
食事が細くなる時期だからこそ、飲み方に少し気を配ってください。
痛み止めは、空腹を避けて飲む
歯科で広く処方されるロキソプロフェンは、胃の粘膜を守るはたらきを抑えてしまう性質があります。
市販薬のロキソニンSのよくあるご質問でも、症状があらわれたときはなるべく空腹時をさけて服用するよう案内されています。
とはいえ、痛くて食べられないから飲みたい、という状況もあります。
そんなときは、ヨーグルトを大さじ2杯でも、牛乳をひと口でも先に入れてから飲んでください。
胃の中に何かある状態を作るだけで、負担はかなり変わります。
痛み止めは、痛みが強くなりきる前に飲むほうがよく効きます。
麻酔が切れる少し前に一度飲んでおくと、痛みの立ち上がりを穏やかにできます。
抗菌薬は、途中でやめない
感染を抑えるために出された抗菌薬は、指示された日数を飲み切ってください。
腫れが引いたからと2日でやめてしまう方がいらっしゃるのですが、菌が残ったまま再燃することがあります。
飲み込むのがつらいときは、多めの水と一緒に、上を向かずに飲んでみてください。
薬をゼリーで包む服薬ゼリーも、こういうときに助けになります。
食べられないときの飲む順番
薬が何種類も出ていると、順番に迷われるかもしれません。
まず少量でも食べる、次に痛み止め、そして抗菌薬という流れにしておくと、胃の負担が一番少なく済みます。
胃薬が一緒に処方されている場合は、指示どおりのタイミングで飲んでください。
食事より受診を優先してほしいサイン
最後に、食べ方の工夫ではどうにもならない場面についてお伝えします。
判断に迷ったら、抜いた歯科医院に電話をしてください。
術後の相談は、遠慮するようなことではありません。
ドライソケットを疑うとき
抜歯から2〜4日たって、いったん和らいでいた痛みが強くなってきたら要注意です。
鎮痛薬を飲んでも効きが悪い、耳の奥やこめかみまで響く、口の中に嫌なにおいがする、抜いた穴を鏡で見ると白っぽい骨のようなものが見える。
このような状態であれば、そのまま様子を見ずに受診してください。
ドライソケットは、洗浄して薬を詰める処置で楽になることがほとんどです。
自分で穴を触ったり、消毒液を強くゆすいだりすると、かえって長引きます。
腫れ、発熱、口が開かないとき
腫れの山を越えたはずの4日目以降に、また腫れが増してくる場合は感染を疑います。
38度前後の熱が出る、指が2本入らないほど口が開かない、飲み込むときにのどが痛む。
こうした症状が出たときは、その日のうちに連絡をしてください。
食べられない日が続くとき
もうひとつ、見落とされやすいサインがあります。
痛み自体は落ち着いているのに、3日以上ほとんど食べられていない状態です。
栄養と水分が足りないままだと、治りは確実に遅くなります。
高齢の方や、持病のある方はなおさらです。
「食べられません」というのは立派な相談内容ですので、そのまま伝えていただいて大丈夫です。
まとめ
親知らずを抜いたあとの食事は、我慢の量を競うものではありません。
抜いた穴にできた血餅を守りながら、必要な材料を体に入れていく。
その二つを両立させることが、結果として痛む期間を短くしてくれます。
覚えて帰っていただきたいのは、麻酔が切れるまで待つこと、ストローを使わないこと、当日はぬるくてやわらかいものにすること。
そして、食べられない日ほどたんぱく質を意識することです。
この四つを守っていただければ、あとは日にちが解決してくれます。
抜歯の翌日に「思ったより食べられました」とおっしゃる患者さんは、たいてい前の晩に献立を決めていた方でした。
帰ってきてから考えるより、抜く前に冷蔵庫を整えておくほうがずっと楽です。
どうか気を張りすぎず、いつもより少しやさしいごはんで、この数日をやり過ごしてくださいね。







