「先生、舌が白いんです」
そうおっしゃって診療室にいらっしゃる方の多くは、すでにご自分でさんざん擦ったあとでした。
歯ブラシで力いっぱい磨いたせいで、舌の表面がすり切れて赤くなっている。
そういう舌を、私は何度も見てきました。

はじめまして、田島美和と申します。
東京で予防歯科を軸にした歯科医院を十五年ほど営み、今は診療から離れて、歯とお口のことを文章でお伝えする仕事をしています。

舌が白いという状態には、大きく分けて二つの正体があります。
ひとつは舌苔(ぜったい)と呼ばれる、誰の舌にもある付着物。
もうひとつが、口腔カンジダ症というカビの感染です。
前者はお手入れの話ですが、後者は歯科でお薬を出してもらう必要があります。

この二つ、見分けるための手がかりはちゃんとあります。
診療室でお伝えしてきた目安を、順を追ってお話ししていきますね。

目次

口腔カンジダ症は、口の中のカビが増えすぎた状態です

もともと誰の口にもいる菌です

カンジダは、カビの仲間です。
医学の言葉では真菌といいます。
水虫のカビと同じ一族だとお話しすると、たいてい驚かれるのですが、そう遠い親戚でもありません。

そしてこの菌は、健康な方の口の中にもふつうに住んでいます。
住んでいること自体は、何も悪いことではないのです。
唾液がたえず流れ、ほかの何百種類という細菌と押し合いへし合いしているあいだ、カンジダは静かにしています。

その均衡が崩れたときだけ、カンジダが増えて悪さを始めます。
体力や免疫が落ちたすきをついて起こるので、日和見(ひよりみ)感染と呼ばれます。
相手が弱ったときにだけ顔を出す、という意味の言葉です。
つまり口腔カンジダ症は、菌そのものより「なぜ今、増える条件がそろったのか」を考える病気なのです。

人からうつる病気というより、体調のものさしです

「孫にうつしませんか」
これも本当によく聞かれたご質問でした。

オーラルメディシン米国アカデミーの患者向け資料口腔カンジダ症(鵞口瘡)には、カンジダ菌は多くの人の口の中に常在していて、人から人へ移ることはあっても、増殖を促す特別な条件がなければ問題にならない、と書かれています。
私も同じようにご説明していました。
神経質に食器を分けたり、お孫さんとの距離をとったりする必要はありません。

むしろ気にしていただきたいのは、ご自分の側です。
糖尿病が悪くなっていないか、お薬が増えていないか、口が乾いていないか。
カンジダが増えたということは、そのどこかに変化があったという合図なのですから。

高齢の方と女性に多い、という数字があります

東京歯科大学市川総合病院の歯科・口腔外科が、2019年度の一年間に口腔カンジダ症と診断した患者さん168人を調べた報告があります。
口腔カンジダ症患者の臨床的検討というこの論文によると、患者さんの平均年齢は71.1歳、年代では70代と80代が中心でした。
そして女性が全体の69.6%を占めています。

女性に多い理由は、平均寿命の差が影響していると考察されています。
リスク要因としては、口腔乾燥が37.5%、入れ歯の使用が32.1%、吸入薬などの局所ステロイドが20.2%という順でした。
どれも、年齢を重ねると誰にでも起こりうる条件ばかりです。
特別に不摂生をした方がなる病気ではない、というところは知っておいていただきたいと思います。

白い舌の正体は、舌苔かカンジダか

舌苔は、健康な舌にもあるものです

舌の表面をよく見ると、細かい突起がびっしり生えています。
その突起のすきまに、食べかす、唾液の成分、はがれた粘膜、細菌などが溜まったものが舌苔です。
ライオン歯科衛生研究所の舌苔の解説では、灰白色または黄白色の付着物で、白血球や色素も含まれると説明されています。

大事なのは、舌苔はあって当たり前だということです。
まったくない舌のほうが、むしろ心配になることもあります。
薄く白いものが舌の中央から奥のほうにうっすら乗っている。
これは健康な舌の姿です。

増えやすいのは、間食が多い方、食後や就寝前の歯みがきを飛ばしがちな方、口呼吸で口の中が乾いている方。
体調を崩して食事が細くなったときにも、舌の動きが減るぶん厚くなります。
熱を出した翌朝に舌が真っ白になっていた、という経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。

カンジダの白は、点や斑になって散らばります

一方でカンジダの白は、見え方が違います。

日本口腔外科学会の口腔粘膜疾患の解説では、偽膜性カンジダ症の白苔は「灰白色あるいは乳白色の点状、線状、あるいは斑紋状」と表現されています。
先ほどのアメリカの資料では、カッテージチーズに似た苔状の病変、という言い方をしていました。
どちらも、均一な膜ではなく「まだらに散らばっている」という点で共通しています。

もうひとつの違いは、出る場所です。
舌苔は舌の上にしかできませんが、カンジダは頬の内側にも、上あごにも、のどの近くにも出ます。
舌以外の場所にも白いものが見えたら、それは舌苔では説明がつきません。

見分けるときの目安を、表にしました

診療室でお伝えしていた見分け方を整理しました。
三つ目の白板症というのは、白い病変のなかでいちばん見逃したくないものです。

見るところ舌苔口腔カンジダ症(偽膜性)白板症
出る場所舌の中央から奥舌、頬の内側、上あご、のどの近くと広い舌の縁、頬の内側、歯ぐき
見え方薄く均一な膜のように広がる乳白色の点や斑がまだらに散る境目がはっきりした白い板のよう
こすったときある程度は落ちるはがれる。下の粘膜が赤い、出血することも取れない
痛みないないことも多いが、しみる・ヒリヒリすることもふつうは痛くない
経過日によって濃くなったり薄くなったり数日から数週で広がっていく何か月も同じ場所に居座る
対応舌の清掃と口の乾燥対策歯科で検査、抗真菌薬歯科口腔外科で検査(前がん病変)

済生会の白板症の解説には、カビの場合はこすると取れるけれど白板症は取れることがない、とはっきり書かれています。
取れるか取れないか。
ここが、白い病変を大きく二つに分ける最初の分かれ道になります。

ただ、こすって確かめようとしないでください

こう書くと、鏡の前でガーゼを手に取りたくなる方がいらっしゃると思います。
けれども、ご自分で強くこするのはやめてください。

日本環境感染学会が公開している医療者向け教材口腔カンジダ症の診かた,治療,予防には、白苔をむりやりこすりとらないこと、と明記されています。
理由は二つあって、ひとつは強く剥がすと粘膜が出血すること。
もうひとつは、はがれた菌が呼吸器や消化管に広がる(播種する)おそれがあることです。

判定は歯科医院の数分でつきます。
どうぞご自分の手ではなく、私たちの目にゆだねてください。

白くならないカンジダもあります

舌がつるんと赤くなるタイプ

ここが、いちばんお伝えしたいところかもしれません。
口腔カンジダ症といえば白いもの、と思われがちですが、実際にはそうとも限らないのです。

先ほどの168人の報告では、白苔が出る偽膜性は42.3%。
それに対して、白くならずに粘膜が赤くなる紅斑性が50.0%で、こちらのほうが多かったのです。
つまり半数は、白い舌を探していても見つからないタイプでした。

紅斑性のカンジダ症では、舌の表面の細かい突起が減って、つるんと平らになります。
そして、ヒリヒリする、焼けるように痛い、味が分かりにくい、といった症状が出ます。
見た目に分かりやすい変化がないぶん、舌痛症や更年期のせいと片づけられて、何か月も放っておかれることが少なくありません。
私自身、更年期に入ってから舌の違和感を訴える同世代の友人に、一度歯科で診てもらうよう勧めたことが何度かあります。

入れ歯の下だけが赤いとき

入れ歯を使っている方で、はずしたときに上あごの粘膜が赤くなっている。
これは義歯性口内炎と呼ばれる状態で、多くはカンジダが関わっています。

理由は環境を考えると分かりやすいと思います。
入れ歯に覆われた部分は、温かくて、暗くて、湿っている。
先ほどのアメリカの資料は、この状態を「真菌にとって絶好のインキュベーター」と表現していました。
そして入れ歯を入れっぱなしにしていると、その下の粘膜は唾液で洗い流されることもありません。

痛みが出ないまま進むこともあり、ご本人は「入れ歯が合わないだけ」と思っていらっしゃることが多い部分です。
入れ歯を調整しても具合が良くならないときは、粘膜の側を疑ってみる価値があります。

口角が切れる、というかたちで出ることも

唇の端が切れて、いつまでも治らない。
乾燥のせいだと思ってリップクリームを塗り続けている方の中に、カンジダによる口角炎が混じっています。

唾液が唇の端にたまりやすい方、入れ歯が合わずに噛み合わせが低くなって口角に溝ができている方に多く見られます。
片側だけ、あるいは両側の口角だけが繰り返し荒れるときは、保湿ではなく感染の可能性を考えます。
ここも、抗真菌薬に切り替えるとあっさり治ることがある場所です。

心当たりがないか、振り返っていただきたいこと

口の中の側の条件

カンジダが増えるときは、たいてい理由があります。
まず、お口の中の条件から見ていきましょう。

  • 入れ歯を夜も入れたままにしている
  • 入れ歯をブラシでこするだけで、洗浄剤を使っていない
  • 喘息やCOPDで吸入ステロイドを使っている
  • 口の中が乾く(お薬の副作用、口呼吸、加齢による唾液の減少)
  • 歯みがきが行き届かず、歯垢が溜まったままになっている

このなかで見落とされやすいのが、吸入薬です。
吸ったあとにうがいをしないと、薬の成分が口の中に残って、そこだけ免疫が働きにくい状態になります。
先ほどの調査でも、局所ステロイドを使っていた方が2割を占めていました。

体の側の条件

次に、全身の状態です。

  • 糖尿病がある、または血糖のコントロールが乱れている
  • ステロイドの飲み薬を続けている
  • がんの治療(抗がん剤や放射線)を受けている
  • 免疫を抑えるお薬を使っている
  • 体重が落ちている、食事量が減っている

高齢の方で口腔カンジダ症が増えているのは、これらの条件が重なりやすいからです。
Medical Mycology Journalに載った高齢者における口腔カンジダ症の治療と予防という総説でも、高齢者での増加が指摘されています。
ご家族の介護をされている方は、ご本人が痛みを訴えないぶん、口の中をのぞく習慣を持っていただけたらと思います。

抗菌薬を長く飲んだあとに出ることがあります

意外に思われるのが、この経路です。

肺炎や膀胱炎などで抗菌薬を長く飲むと、口の中の細菌が一時的に減ります。
ところがカンジダは真菌ですから、抗菌薬はまったく効きません。
ライバルだけが減って、カンジダが独り勝ちする。
これを菌交代症と呼びます。

風邪をこじらせて抗生物質を飲み終わったころに舌が白くなった、というお話は、私も何度か伺いました。
薬を飲んだことが悪いのではなく、そういう仕組みがあるというだけの話です。
心当たりがあれば、処方してくださった先生にも伝えておくと話が早くなります。

受診するかどうかの、判断の目安

二週間を、ひとつの区切りに

お口の中は、体の中でもとりわけ治りの早い場所です。
その口の中で二週間治らないというのは、それ自体がひとつの情報になります。

舌が白いことに気づいたら、まずは歯みがきと舌のお手入れを見直して、数日から一週間ほど様子を見ていただいて構いません。
生活が乱れていた時期の舌苔なら、それだけで薄くなっていきます。
薄くなる方向へ動いているなら、体は自分で片づけを進めているということです。

反対に、変わらない、あるいは広がっている。
そのときは、お手入れで解決する問題ではないと考えます。

すぐに相談してほしいとき

次のような場合は、二週間を待たずにご相談ください。

  • 舌以外の場所(頬の内側、上あご、のど)にも白いものがある
  • こすっても取れない白い部分がある
  • 舌がつるんと赤くなって、ヒリヒリする、焼けるように痛い
  • 味が分かりにくい、金属のような味がする
  • 入れ歯をはずすと、その下の粘膜が赤い
  • 口角が切れて、二週間以上治らない
  • 糖尿病やがん治療、ステロイドの服用など、免疫が下がる事情がある

とくに三つ目と四つ目は、白くならないカンジダのサインです。
見た目に変化がないからと我慢される方が多いところですので、遠慮なくおっしゃってください。

市販薬で様子を見るのは勧めません

薬局で口内炎の薬を買って塗ってみた、という方がときどきいらっしゃいます。
気持ちはよく分かるのですが、これはお勧めできません。

市販の口内炎薬の多くはステロイドを含んでいます。
ステロイドは炎症を抑える一方で、その場所の免疫を下げる働きがあります。
カンジダに対して使えば、火に油を注ぐことになりかねません。

同じ「白い」「痛い」でも、口内炎とカンジダでは必要な薬が正反対です。
自己判断で塗り始める前に、まず何が起きているのかをはっきりさせる。
遠回りに見えて、これがいちばん早い道だと思っています。

歯科ではどんな検査と治療をするのか

検査は綿棒でこするだけです

「検査」と聞くと身構えてしまう方が多いのですが、口腔カンジダ症の検査はとても簡単です。

綿棒で白い部分を軽くこすって、それを培地に塗って培養する方法がひとつ。
もうひとつは、こすり取ったものをガラス板に載せて染色し、顕微鏡で見る方法です。
カンジダが粘膜に食い込もうとするときに伸ばす菌糸という構造が見えれば、それで診断がつきます。

痛みはほとんどありません。
麻酔も要らず、その場で数分で終わります。
偽膜性のように見た目がはっきりしている場合は、視診だけで判断することもあります。

使われるお薬は、主に三種類

日本で口腔カンジダ症に保険が使える抗真菌薬は限られています。
それぞれ性格が違うので、お口の状態や飲んでいるお薬に合わせて選びます。

お薬の種類使い方向いている場面
ミコナゾールゲル患部に直接塗る。1日3〜4回に分けて飲み込みにくい方、入れ歯の下の病変。ワルファリン服用中は使えない
アムホテリシンBシロップ1回1mLを口に含んで行きわたらせ、飲み込む。1日3〜4回血中にほとんど移行せず副作用が少ない。お薬の多い方
イトラコナゾール内用液1日1回20mLを口に含んでから飲み込む口の中と体の中の両方に効かせたいとき。飲み合わせに注意が必要

ワルファリンという血液をさらさらにするお薬を飲んでいる方は、ミコナゾールとの組み合わせで作用が強く出すぎることが知られています。
歯科にかかるときは、お薬手帳をそのまま持っていってください。
飲んでいるお薬をすべて把握したうえで選ぶ、というのが安全の前提になります。

一〜二週間が目安。効かないときは考え直します

投薬の期間は、一般に一〜二週間が基本とされています。
症状が消えても自己判断でやめず、指示された日数まで続けてください。

ただし、これで全員がすっきり治るわけではありません。
先ほどの168人の報告では、最初の治療で症状が残った方が23.8%、いったん良くなってから六か月以内に再発した方が30人いました。
効きが悪いときは、薬の種類を変えたり、菌の種類を調べ直したりします。
最近はアゾール系の薬が効きにくい菌種も増えているためです。

そしてもうひとつ、治りにくいときに疑うのが、背景にある条件です。
血糖のコントロール、入れ歯の清掃、口の乾燥。
薬だけを替えても、土壌が同じなら同じことが起きます。
そこを一緒に整えるところまでが、口腔カンジダ症の治療だと私は考えています。

再発させないための、毎日のこと

入れ歯は夜はずして、洗ってから休ませる

入れ歯をお使いの方に、まずお願いしたいのはこれです。

アメリカの患者向け資料でも、夜間はいつも入れ歯をはずして正しく除菌することが不可欠だと書かれています。
入れ歯の裏側にはバイオフィルムという膜ができていて、ブラシでこするだけでは落ちません。
日本訪問歯科協会の義歯性口内炎とその予防法では、毎食後、少なくとも一日一回はブラシで洗い、二〜三日に一度は洗浄剤に浸けることが勧められています。

それから、入れ歯だけでなく、その下の歯ぐきも磨いてください。
歯がないから磨かなくていい、ということはありません。
やわらかい歯ブラシかガーゼで、粘膜をそっとなでるだけで十分です。

舌の掃除は一日一回、朝、やさしく

舌のお手入れには、やり方があります。
そして、やりすぎがいちばんいけません。

先ほどのライオン歯科衛生研究所の解説では、舌ブラシかやわらかい歯ブラシを使い、奥から前へ三回程度、軽い力でかき出すこと、一日一回までにすることが勧められています。
一度で全部きれいにしようとしないでください。
舌の表面の突起は、削れると味覚にも関わります。

タイミングは、起きてすぐがいちばん効率がいいと思います。
寝ているあいだは唾液が減って、細菌がいちばん増えている時間帯だからです。
私は洗面所に舌ブラシを歯ブラシと並べて立てておいて、朝だけ手に取るようにしています。
置き場所を決めておくと、やりすぎも忘れも防げます。

口を乾かさない工夫

口腔乾燥は、カンジダにとっていちばんの追い風です。
唾液には菌を洗い流す力と、増殖を抑える成分の両方があります。

こまめに水を飲む、よく噛んで食べる、鼻で呼吸する。
基本はこの三つですが、お薬の副作用で乾く場合は自力ではどうにもなりません。
そういうときは歯科で保湿ジェルを勧めてもらってください。
再発を繰り返す方には、抗真菌性のあるヒノキチオールを配合した保湿剤を定期的に使う方法も報告されています。

もうひとつ、意外と効くのが会話です。
おしゃべりをすると舌が動き、唾液が出ます。
ひとり暮らしの高齢の方で舌苔が厚くなりやすいのは、清掃の問題だけではないと私は感じています。

吸入薬のあとは、口とのどの両方をゆすぐ

喘息などで吸入ステロイドを使っている方は、吸入後のうがいを習慣にしてください。
口をゆすぐブクブクうがいと、のどの奥を洗うガラガラうがいの両方です。
薬はのどにも残りますので、口だけでは足りません。

うがいができない状況なら、水や飲み物を一口飲むだけでも違います。
続けられるやり方を選ぶほうが、正しいけれどやらない方法よりずっと効果があります。

まとめ

舌が白いという状態のほとんどは、舌苔です。
体調が落ちたり、口が乾いたりすると厚くなり、整えば薄くなります。
まずはそこを疑って構いません。

見分けるときに見ていただきたいのは、三つです。
場所(舌以外にも出ていないか)、経過(二週間で変わるか)、そして痛みや味の変化があるか。
白くならずに舌が赤くなるカンジダのほうがむしろ多い、というところも、どうか覚えておいてください。

そして、こすらないこと。
これだけは、繰り返しお願いしておきます。

私が臨床を離れたのは、母の介護が重なった時期でした。
はずした入れ歯を洗いながら、母の上あごが赤いことに気づいたのは、歯科医師としてではなく、ただの娘としてでした。
毎日見ている人がいちばん早く気づける。
それは診療室にいた二十年より、あの数年のほうがよほど強く教えてくれたことです。

朝、歯を磨いたついでに、鏡に向かって「あー」と舌を出してみてください。
十秒で終わります。
その十秒が、ご自身とご家族の何かを守ってくれることがあります。