「抜いたほうがいいですね」と言われたものの、いくらかかるのか怖くて聞けないまま帰ってきた。
そんな方に、これまで何人もお会いしてきました。
歯科医師として20年ほど診療をしていた田島美和と申します。
結論からお伝えすると、親知らずの抜歯はほとんどが保険診療で、1本あたり3,000円から1万円ほどに収まります。
この記事では、その金額の内訳と、思わぬ追加費用が出る場面を整理していきます。
目次
親知らずの抜歯は、ほとんどが保険診療です
まず安心していただきたいのですが、親知らずの抜歯で数万円を用意しなければならないことは、めったにありません。
保険がきくかどうかは「治療かどうか」で決まる
保険が使えるのは、治すべき理由があるときです。
虫歯になっている、歯ぐきが繰り返し腫れる、隣の歯を押している、噛むと痛む。
こうした状態はどれも病気の扱いになりますから、当然のように保険で抜けます。
親知らずのまわりの歯ぐきが腫れる智歯周囲炎について、日本口腔外科学会の口腔外科相談室では、20歳前後の若い方に起こりやすい病気だと説明されています。
30代、40代になってから急に腫れる方も少なくありません。
反対に、痛みも症状もまったくないのに「なんとなく不安だから」という理由だけで抜く場合は、保険の対象から外れることがあります。
とはいえ、レントゲンを撮れば何かしらの理由が見つかることのほうが多いので、まずは診てもらってください。
費用の計算式は、全国どこの歯科医院でも同じ
保険診療の値段は、国が決めた「点数」で全国一律に決まっています。
1点が10円で、そこに自己負担の割合をかけたものが窓口で払う金額です。
70歳未満の方なら3割、年齢や所得によっては2割や1割になります。
この点数表は2年に一度見直されていて、直近では2026年6月に改定されたばかりです。
内容は厚生労働省の令和8年度診療報酬改定についてにまとめられています。
つまり、同じ処置なら「あの歯医者さんは高い」ということは起こりません。
金額に差が出るのは、撮影するレントゲンの種類や、通院した回数、その医院が届け出ている体制による加算といった部分です。
抜いた親知らずを移植する場合も、保険で見てもらえます
意外と知られていないのですが、抜いた親知らずを、失った奥歯の場所へ移植する手術にも保険が使えます。
点数表では歯の移植手術として1,300点、3割負担なら約3,900円です。
自分自身の歯を移す場合に限られ、抜歯した穴にその日のうちに移すのが基本になります。
条件が合う方は決して多くありません。
それでも私は、50代の患者さんの奥歯に、埋まったままだった親知らずを移した症例を今でも覚えています。
インプラントか入れ歯かで悩んでおられた方でしたから、選択肢がもう一つあると分かったときの表情が忘れられません。
生え方によって、抜歯代はこれだけ変わります
親知らずの費用がひとことで言えないのは、生え方によって手術の難しさがまるで違うからです。
点数表もそこを分けて考えています。
まっすぐ生えている親知らず
上あごの親知らずに多いタイプです。
奥歯を1本抜くのと同じ扱いで270点、3割負担で810円ほど。
麻酔をして数分で終わることもあり、拍子抜けするくらいの金額で済みます。
上あごの親知らずは、下あごに比べて骨がやわらかく、神経との距離も離れています。
そのため、下あごの1本は大学病院で、上あごの1本はかかりつけで、と分けて抜くこともあります。
噛み合う相手の歯がなくなると、残ったほうの親知らずが伸びてくることがあるので、上下そろえて考えるのが基本です。
斜めに生えて、歯ぐきをかぶっている親知らず
歯の頭が半分だけ見えていて、残りが歯ぐきに隠れている状態です。
歯ぐきを切ったり、歯を分割したり、少し骨を削ったりする必要が出てくると、難抜歯加算として230点が上乗せされます。
合計500点、3割負担で1,500円ほどになります。
骨の中に埋まっている、または横向きの親知らず
いわゆる埋伏歯です。
骨にすっぽり埋まっている歯や、歯の頭の3分の2以上が骨に埋まった横向きの親知らずが、ここに当てはまります。
1,080点と一気に上がり、さらに下あごの場合は230点が加算されます。
下あごの神経に近く、時間も技術もかかる手術ですから、点数もそれを反映した形です。
なお、この下あごの加算は2026年6月の改定で引き上げられました。
| 親知らずの生え方 | 点数 | 3割負担の窓口負担 |
|---|---|---|
| まっすぐ生えている | 270点 | 約810円 |
| 斜め・半分埋まっていて処置が必要 | 500点 | 約1,500円 |
| 骨に埋まっている(上あご・横向きなど) | 1,080点 | 約3,240円 |
| 下あごの完全埋伏・水平埋伏 | 1,310点 | 約3,930円 |
抜歯のときの麻酔代は、この点数のなかに含まれています。
別料金にはなりませんので、そこはご心配なく。
上の表は3割負担の方の金額です。
75歳以上で1割負担の方なら、下あごに埋まった親知らずでも抜歯代は1,310円ほどになります。
高齢のご家族の付き添いで来られる方から「年金暮らしでも大丈夫でしょうか」と聞かれることがありますが、この金額ならまず心配はいりません。
抜歯代のほかに、いくらか足されます
窓口で払う金額は、抜歯そのものの点数だけでは決まりません。
診察やレントゲン、お薬の分が乗ってきます。
初診の日にかかるもの
初めての歯科医院なら初診料が272点。
そこに、あごの全体が写るパノラマレントゲンの撮影と診断で307点が加わります。
合わせて3割負担で1,700円ほどです。
下あごの深いところに埋まっている場合は、歯の根と神経の位置関係を立体的に確かめるために、歯科用CTを撮ることがあります。
撮影と診断で1,050点、3割負担で約3,150円。
金額としては大きく感じますが、神経を傷つけないための下調べですから、勧められたときは撮っておくほうが安心だと私は思っています。
抜いた日と、抜糸の日
2回目以降の診察は再診料の59点で、3割なら180円ほど。
院外の薬局で薬を受け取る場合の処方箋料が60点です。
化膿止めと痛み止めの薬代は、薬局で3割負担なら500円から1,000円くらいをみておけば足ります。
抜糸は抜歯の1週間後が目安で、診察料だけの200円前後で済むことがほとんどです。
まれに、抜いた穴にできるはずのかさぶたが取れてしまい、骨がむき出しになって痛みが長引くことがあります。
ドライソケットと呼ばれる状態で、洗浄や薬を詰める処置に何度か通うことになります。
それでも1回あたりの負担は数百円ですから、費用を気にして我慢するより、痛みが引かないと感じたら早めに連絡してください。
下あごに横向きに埋まった親知らずを1本抜いた場合を、通院の流れに沿って並べてみます。
| 通院日 | 内容 | 3割負担の目安 |
|---|---|---|
| 1回目 | 初診・パノラマレントゲン | 約1,700円 |
| 1回目 | 歯科用CT(撮る場合) | 約3,150円 |
| 2回目 | 抜歯・処方箋 | 約4,300円 |
| 薬局 | 化膿止めと痛み止め | 約500〜1,000円 |
| 3回目 | 抜糸・消毒 | 約200円 |
CTを撮らなければ7,000円前後、撮っても1万円ほど。
まっすぐ生えた親知らずなら3,000円台で終わることもあります。
「10万円かかると思っていました」とおっしゃる方が本当に多いのですが、実際はこの範囲です。
なお、抜歯の点数は1本ごとの計算です。
2本抜けば抜歯代は2本分かかりますが、初診料やレントゲン代は共通なので、まとめて相談したほうが総額は抑えられます。
保険がきかない、または別料金になるケース
ここからは、金額が跳ね上がる可能性のある場面です。
心づもりがあるかどうかで受け止め方が変わりますので、目を通しておいてください。
矯正治療のために抜くとき
歯並びを整えるスペースをつくる目的で抜く場合は、矯正治療の一部とみなされて自費になるのが一般的です。
矯正そのものが保険の対象外だからです。
金額は医院ごとに設定されていて、1本5,000円から15,000円ほどが目安になります。
ただし、その親知らずに虫歯や炎症があれば保険で抜けることもあります。
矯正を始める前に、抜歯代がどちらの扱いになるのかを確認しておくと安心です。
眠っているあいだに抜きたいとき
点滴でうとうとした状態にする静脈内鎮静法は、歯科治療恐怖症や、器具を入れると吐き気が強く出る体質など、はっきりした理由があれば保険で行えます。
その場合は3割負担で2,500円から3,000円程度です。
一方、「怖いから眠らせてほしい」という希望だけで受ける場合は自費になり、5万円前後が相場とされています。
病院の口腔外科に入院して全身麻酔で抜く方法もあり、これは保険診療です。
ただし個室を選んだときの差額ベッド代や食事代は保険の対象外ですから、そこは別に見ておく必要があります。
大きな病院を紹介されたとき
かかりつけの歯科医院から大学病院や総合病院へ紹介される場合、紹介状の作成料が250点、3割負担で750円ほどかかります。
この750円は惜しまないでください。
紹介状を持たずに大きな病院を受診すると、歯科の初診で5,000円以上(税別)の特別な料金を請求されます。
金額は病院ごとに決められていて、5,500円としているところが多いようです。
制度の内容は厚生労働省の紹介状なしで受診する場合等の定額負担の見直しについてで確認できます。
支払いの負担を、少しでも軽くするために
最後に、知っているかどうかでお金の残り方が変わる制度と、受付での聞き方をお伝えします。
医療費控除を忘れずに
親知らずの抜歯は治療ですから、医療費控除の対象になります。
1年間に家族全員で支払った医療費が10万円(所得が200万円未満の方は所得の5%)を超えた分が、所得から差し引かれるしくみです。
通院にかかった電車やバスの運賃も含められます。
自家用車のガソリン代や駐車場代は対象外ですので、そこだけご注意ください。
詳しい条件は国税庁の医療費控除の対象となる医療費に載っています。
歯の治療は、矯正や入れ歯と重なると1年で10万円を超えやすいものです。
領収書は捨てずに、封筒にまとめておいてください。
入院するなら、事前の手続きを
入院して全身麻酔で抜くことになった場合は、1か月の自己負担に上限を設ける高額療養費制度が使えます。
マイナ保険証を使えば窓口での支払いが自動的に上限額までになりますし、そうでない場合は加入している健康保険に限度額適用認定証を申請しておくと、後から払い戻しを待たずに済みます。
制度の詳細は厚生労働省の高額療養費制度を利用される皆さまへにまとまっています。
診察室で、こう聞いてみてください
費用の話は切り出しにくいものですが、歯科医師にとってはごく普通の質問です。
気を悪くする者はいませんので、遠慮なくどうぞ。
- 「この親知らずは、埋まっている歯の扱いになりますか」
- 「今日と次回で、それぞれいくらくらいかかりますか」
- 「CTは撮ったほうがいいでしょうか。撮ると費用はどれくらい増えますか」
- 「保険で抜けますか、それとも自費になりますか」
抜歯の難しさは、レントゲンを見れば歯科医師にはおおよそ分かります。
その場で概算を答えてもらえるはずです。
まとめ
親知らずの抜歯は、まっすぐ生えていれば1,000円前後、下あごに横向きに埋まっていても、検査から抜糸まで含めて1万円ほど。
これが保険診療の実際のところです。
費用が読めないから先延ばしにしているうちに、腫れて熱が出て、休みの日に慌てて駆け込む。
そんな方を、私は診療室で何度も見てきました。
急いで抜くより、落ち着いているときに抜くほうが、体にも予定にもやさしいものです。
痛みがないうちに一度レントゲンを撮って、ご自分の親知らずがどのタイプなのかを知っておく。
そこから始めていただければ十分です。
思っていたより安かった、と感じる方がきっと多いはずですよ。




